いつから、こんなふうになってしまったのだろう。
彩也子は一人、夜道を歩いていた。遠くで姦しく、楽しげな笑い声がする。すれ違った二人組のサラリーマンから強い酒気が香った。
ベージュの薄いコートを冷たい風が吹き抜けていく。
さむ、と小さくつぶやいたが、当然答えるものはない。彩也子はひんやりとした体をそっと自分の腕でくるむ。気の早い、青い色のイルミネーションが、綾子の顔に影をつくった。
『もういいよ、今日の約束なかったってことで』
電話先の苛立った声が耳に蘇って、ため息が漏れた。
(まだ、終電には間に合うはず……)
ちらり、携帯の液晶を盗み見る。零時二十五分。通知もゼロ。
とにかく駅へ急ごうとコートのポケットに携帯をしまおうとして――手が滑った。
――がしゃん!
派手な音を立てて携帯がアスファルトに転がる。
しゃがんで、恐る恐る拾い上げた。指先がちくりと痛い。
粉々の画面。何度押しても反応しない電源ボタン。
何かが、壊れた。
(なんかもう、全部やだ……)
涙が滲んで、粉々の画面がぼやける。
なにが悲しくて、彼氏にデートをドタキャンされたくらいで一人夜道にしゃがみこんでしくしく泣いているのだろう。
周囲に人気はない。気にかけてくれる人など、自分にはいつもいない。
この現状が何よりもみじめで、ぐすぐすと泣き続けていると。
「大丈夫、ですか?」
突然、温厚そうな声が頭上から降ってきた。
「……あ……すみません」
慌てて立ち上がる。暗い夜道では、相手の顔はよくわからない。シルエットと声で、若い女性だろうな、とあたりを付ける。
「危ないですよ、こんなところでうずくまってたら……」
声の主は心底こちらを心配しているようで、それだけで涙が出そうになった。
「なにか、あったんですか?」
「大丈夫です……ありがとうございます」
どのくらい泣き続けていたかわからない。携帯が壊れたせいで現在の時刻を確認するすべもないが、とにかく、帰らなくては。
女性に頭を下げて、ふらふらと歩きだす。
「あの!」
とんとんとん、と足音がして、声の主が彩也子を追い越す。
そして、紙を差し出された。
「ここ、もしかしたら、行ってみるといいかもしれないです」
泣きつかれていた彩也子は、ぼうっとしたまま受け取る。
おせっかいだったらごめんなさいね、といった女性は、長い髪をなびかせて彩也子とは別の方向へ去っていった。
街灯の下で見てみると、それは手作り感満載なチラシだった。
A4のコピー用紙の見出しには、無駄に立体的なポップ体で「あやかし恋愛相談所」の文字。チープな虹色のエフェクトがそれを飾り立てている。
すぐ下には、ないよりは多少ましと言える程度の手書きの地図が鎮座し、そのまた下に、申し訳程度に住所と電話番号が小さく記されていた。
胡散臭いビラ。
それでも、最後に付け足されたこの文言は、彩也子の心を捉えるには十分だった。
『恋に泣くそこの貴女、わたしたちにコイバナしてみませんか?』