「……ふぅ、危なかった」
冷や汗をかいた額を拭い一息つく。
信じられないことに『がしゃどくろ』が存在し、なおかつ襲いかかられそうになるとはこれまでの人生想像だにしなかった。
「しかも退治までしてしまうとは……」
我ながら自分の行動力に驚いてしまう。
それからバラバラになった骨の残骸を見て、昔言われたことを反芻する。
それはかつてオカルト研究部の部長から聞いた話なのだが、『がしゃどくろ』というのはあやかしの中でも〝悪〟に類する存在だという。
曰く死者の怨念が集まって生まれたそうで、生者を見つけては襲って喰らうらしい。
一見可哀想なことをしてしまったようだが、長い目で見ると私は人類にとっての善行を働いたのかもしれない。
「おい小娘、勝手に俺を成仏させた気になんじゃねぇよ」
「――え」
振り返ると、地面に転がったドクロが喋っているではないか。
「う、嘘……まだ生きて……」
「よくもやってくれたなオォォォォイ!? マジで許さんぞ――って、待て待て! バッドを振りかざすな!」
「でもあなた私を――」
「喰わない喰わない! ホントに喰わないから!」
「本当に……?」
「ああ。まず俺は人食は好まない。生粋の草食系なんでな」
……うさんくさい。
生きている男の「オレ草食系だから、性欲とか全然ないから」ぐらい信用できない。
「じゃあ分かった、こうしよう――俺がお前の願い事をなんでも1つきく。だからバッドを降ろしてくれ」
「……なんでも、ですか。後から願いの対価とか要求しないですよね?」
「しないしない。仏様に誓う」
あやかしが仏様に誓うっていうのはどうなんだと思うけれど、私だって好き好んで意思ある人(人じゃないけれど)を攻撃したくない。
分かりましたと言って私は頷いた。
「……ったく、普通の女子高生は慌てて逃げるか、泣いてうずくまるかのどっちかなんだけどな」
「それ、私が普通じゃないって意味ですか?」
「そうだよ! どこにあやかしと金属バッドで戦うJKがいるんだよ!」
確かにと相づちを打ってしまう。
「とにかく、まずはそこら中に散らばった俺の骨を集めてくれ」
「? 骨壺とか用意した方がいいですか?」
「だから勝手に弔おうとするなって!」
「すいません……」
「俺はな、大体のパーツを集めれば復活できるんだよ」
「へぇ、便利ですね。不死身じゃないですか。骨だけの分かなり脆いですけど」
「ちょいちょい攻撃的なこと言うよなお前。もしかして俺のこと嫌いなんか?」
「逆になにか好きになる要素ありましたっけ?」
がしゃくどくろさんはウダウダとなにか小言を喋っている。
私の態度がお気に召さないようだ。
その中で私は自分が粉砕して飛び散らかしてしまった、骨のパーツをホウキを使ってそれはもう一生懸命に収集した。
理科準備室は面積が広い上に物が多く、狭いところに入ってしまった骨々を取るのは難儀極まったのである。
それでも数十分かけて8~9割は集まったというところで、
「よし。これだけあれば十分だ」
彼が集中すると、骨たちは不思議な力でもって自然と合体し、元の形へと戻っていく。
あっという間に出会った時と違わぬ姿に復活を遂げたのだった。
ちゃんと見てみると意外と大きい背丈をしている。
180センチ以上はありそうだ。
「礼を言うぜお嬢ちゃん。といっても壊したのはお前だが」
「最初に脅かしてきたあなたが悪いと思うんですけど」
「……自業自得と言われちゃ反論はできないんだけどな」
彼は近くにあった机に座り足を組む。
人間のようなその仕草に一瞬驚いたが、元が人だったのだから当然かと思い考えを改める。
「で、お嬢ちゃんは――」
「怜です」
「?」
「霊ヶ峰怜といいます」
正直お嬢ちゃんと呼ばれると歯がゆい。
そう思っての申し出だった。
「っは、あやかしに名乗るとはな」
「いけませんか?」
「いいや。いけてるよ」
「問題ないなら良かったです。がしゃどくろさん……と呼び続けるのも他人行儀ですね。名前ってあるんでしょうか?」
「名前はない。好きに呼べば良いさ」
「じゃあ――どくろさんで」
「な、なんか可愛いすぎる気もするが……まぁいい」
ゴホンと咳払いをするどくろさん。
本当に一挙一動は人間のようだ。
私たちとの違いは――その肉体だけ。
「それでだ、怜」
改めてちゃんと向き直ったどくろさんは、真っ黒な眼窩で私を見つめてくる。
(あ――)
ドクンと心臓が跳ねた
どうしてか、私はその穴に一瞬吸い込まれそうになった。
ポッカリと空いた黒い空白に、特別な〝なにか〟を感じたのだ。
しかしどくろさんの科白が続いたことで、この場でその感情をより深く考え、また言語化することは叶わなかった。
彼は、お前がさっき言った通り俺は悪しきあやかしだと断った上で、
「――お前の願い事はなんだ?」
一転、ゾッとするような重い様相でそう投げ掛ける。
「俺は悪鬼羅刹の権化たるもの。いかなる悪行非業もお任せあれ。なんなら嫌いな人間の名を言ってみろ。見事真っ赤に散らしてやる」
言葉の最後は「俺は草食系、血のように赤い桜が好きなんだ」で結ばれた。
冷や汗をかいた額を拭い一息つく。
信じられないことに『がしゃどくろ』が存在し、なおかつ襲いかかられそうになるとはこれまでの人生想像だにしなかった。
「しかも退治までしてしまうとは……」
我ながら自分の行動力に驚いてしまう。
それからバラバラになった骨の残骸を見て、昔言われたことを反芻する。
それはかつてオカルト研究部の部長から聞いた話なのだが、『がしゃどくろ』というのはあやかしの中でも〝悪〟に類する存在だという。
曰く死者の怨念が集まって生まれたそうで、生者を見つけては襲って喰らうらしい。
一見可哀想なことをしてしまったようだが、長い目で見ると私は人類にとっての善行を働いたのかもしれない。
「おい小娘、勝手に俺を成仏させた気になんじゃねぇよ」
「――え」
振り返ると、地面に転がったドクロが喋っているではないか。
「う、嘘……まだ生きて……」
「よくもやってくれたなオォォォォイ!? マジで許さんぞ――って、待て待て! バッドを振りかざすな!」
「でもあなた私を――」
「喰わない喰わない! ホントに喰わないから!」
「本当に……?」
「ああ。まず俺は人食は好まない。生粋の草食系なんでな」
……うさんくさい。
生きている男の「オレ草食系だから、性欲とか全然ないから」ぐらい信用できない。
「じゃあ分かった、こうしよう――俺がお前の願い事をなんでも1つきく。だからバッドを降ろしてくれ」
「……なんでも、ですか。後から願いの対価とか要求しないですよね?」
「しないしない。仏様に誓う」
あやかしが仏様に誓うっていうのはどうなんだと思うけれど、私だって好き好んで意思ある人(人じゃないけれど)を攻撃したくない。
分かりましたと言って私は頷いた。
「……ったく、普通の女子高生は慌てて逃げるか、泣いてうずくまるかのどっちかなんだけどな」
「それ、私が普通じゃないって意味ですか?」
「そうだよ! どこにあやかしと金属バッドで戦うJKがいるんだよ!」
確かにと相づちを打ってしまう。
「とにかく、まずはそこら中に散らばった俺の骨を集めてくれ」
「? 骨壺とか用意した方がいいですか?」
「だから勝手に弔おうとするなって!」
「すいません……」
「俺はな、大体のパーツを集めれば復活できるんだよ」
「へぇ、便利ですね。不死身じゃないですか。骨だけの分かなり脆いですけど」
「ちょいちょい攻撃的なこと言うよなお前。もしかして俺のこと嫌いなんか?」
「逆になにか好きになる要素ありましたっけ?」
がしゃくどくろさんはウダウダとなにか小言を喋っている。
私の態度がお気に召さないようだ。
その中で私は自分が粉砕して飛び散らかしてしまった、骨のパーツをホウキを使ってそれはもう一生懸命に収集した。
理科準備室は面積が広い上に物が多く、狭いところに入ってしまった骨々を取るのは難儀極まったのである。
それでも数十分かけて8~9割は集まったというところで、
「よし。これだけあれば十分だ」
彼が集中すると、骨たちは不思議な力でもって自然と合体し、元の形へと戻っていく。
あっという間に出会った時と違わぬ姿に復活を遂げたのだった。
ちゃんと見てみると意外と大きい背丈をしている。
180センチ以上はありそうだ。
「礼を言うぜお嬢ちゃん。といっても壊したのはお前だが」
「最初に脅かしてきたあなたが悪いと思うんですけど」
「……自業自得と言われちゃ反論はできないんだけどな」
彼は近くにあった机に座り足を組む。
人間のようなその仕草に一瞬驚いたが、元が人だったのだから当然かと思い考えを改める。
「で、お嬢ちゃんは――」
「怜です」
「?」
「霊ヶ峰怜といいます」
正直お嬢ちゃんと呼ばれると歯がゆい。
そう思っての申し出だった。
「っは、あやかしに名乗るとはな」
「いけませんか?」
「いいや。いけてるよ」
「問題ないなら良かったです。がしゃどくろさん……と呼び続けるのも他人行儀ですね。名前ってあるんでしょうか?」
「名前はない。好きに呼べば良いさ」
「じゃあ――どくろさんで」
「な、なんか可愛いすぎる気もするが……まぁいい」
ゴホンと咳払いをするどくろさん。
本当に一挙一動は人間のようだ。
私たちとの違いは――その肉体だけ。
「それでだ、怜」
改めてちゃんと向き直ったどくろさんは、真っ黒な眼窩で私を見つめてくる。
(あ――)
ドクンと心臓が跳ねた
どうしてか、私はその穴に一瞬吸い込まれそうになった。
ポッカリと空いた黒い空白に、特別な〝なにか〟を感じたのだ。
しかしどくろさんの科白が続いたことで、この場でその感情をより深く考え、また言語化することは叶わなかった。
彼は、お前がさっき言った通り俺は悪しきあやかしだと断った上で、
「――お前の願い事はなんだ?」
一転、ゾッとするような重い様相でそう投げ掛ける。
「俺は悪鬼羅刹の権化たるもの。いかなる悪行非業もお任せあれ。なんなら嫌いな人間の名を言ってみろ。見事真っ赤に散らしてやる」
言葉の最後は「俺は草食系、血のように赤い桜が好きなんだ」で結ばれた。