ガシャ――という音だった。
 静寂が支配する校内に唯一こだまするそれは、私の恐怖心と好奇心を刺激した。

 ガシャ、ガシャ、ガシャ――
 音の発生源に近づいていくと、『ガシャ』という音色がより鮮明に聞こえてくる。
 
「理科準備室……」

 ついに辿り付いた場所は、学校のオカルト話をする上では定番とも呼べる所だった。むしろベタすぎると言ってもいい。
 人体模型に謎の薬品にホルマリン漬け、エトセトラエトセトラ。
 カルト的なものをパッと挙げるだけでも数える指が足りなくなる。

「でもここから音がするのは間違いない」

 ガシャ――ガシャ――と、今も室内からハッキリと聞こえてくる。
 まさか本当にオカルト現象と遭遇するだなんて、と今になって尻込みしそうになる。
 取って食われてしまったらどうしよう。呪われてしまったらどうしよう。
 そんな突拍子もない心配や不安が頭を過るのだ。

「けど……」

 自分にだってここで退けない理由があるのだ。
 そもそもこの音の正体が本当にオカルト的なもの――例えば幽霊とか、妖怪だとは限らないではないか。
 オカ研に所属しておいて言うのもなんだが、元来私はそういう非科学的なモノは信じないのである。
 
「行こう……」

 念のため持ってきておいた金属バッドを右手に装備。
 録画モードにセットしたスマホを左手で構える。
 万が一の事態があればバッドという物理攻撃で……いや、たぶん一目散に逃げるべきなんだろうけれど。

 ――ガラリ!

 覚悟を決め、理科準備室の扉を勢いよくスライドさせる。
 はたして音の正体は何なのか、ごねていても仕方がないと私は一気に行動を下した。

「ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ――」
 
 やはり音の出所はこの部屋で間違いがなかった。
 しかしそこで見た光景は信じられない――否、信じたくはない光景であった。
 
「な――」

 露骨なまでに白く、細く、冷たい雰囲気を放つ。
 当然だろう、だってそれは骨だったのだから(、、、、、、、、)
 
「――こんな時間に人間がいるとは珍しいじゃねぇか」

 骨は喋った。見た目に似合わず颯爽とした男の声をしていた。
 彼は私と目が合った後、こちらにゆっくりと近づいてくる。
 動く度に肉のない関節から『ガシャ』『ガシャ』と効果音が響く。
 骨同士がこすれることによって、この不気味な音は生じていたのだ。

「あ、あなたは――」

 その未知なる存在に、私は呆然となってしまう。

「俺はあやかし――俗に『がしゃどくろ』などと呼ばれる存在だ、可愛いお嬢さん」 

 彼は笑顔で『がしゃどくろ』だと名乗った。
 表情を作る皮膚や筋肉はないので、笑っていたと勝手に勘違いしたのかもしれない。
 とにかく全身骨の男は自己紹介をしながらも私に迫ってくる。

「逃げてもいいんだぜ? 追いかけっこは得意なんだ」

 若干キザな口調で、挑発のようなものを受ける。
 確かに普通であれば全力で逃げるべき場面だろう。
 しかし焦ってはいけない。冷静にどうするべきかと私は思考する。
 その末に――
 
「あ、」
「なんだ? 恐怖で動けないか? それはそれで構わないぜ。追いかける手間が省け――」
「悪霊退散……ッ!」

 スマホを投げ捨て、金属バッドを両手で握る。
 それから全身全霊をもって振りかぶる姿勢を取った。

「死んで成仏してください……!」 
「え、あ、おい、ちょっとま――」
「これが文明の利器、砕け散れ――っ!」

 戦うことを選択するとは思っていなかったのだろう、がしゃどくろは回避もできずあっけなく攻撃を食らってしまう。
 私は金属バッドをもってして、出会って早々あやかしを倒してしまったのだった。