あやかしなごり ~わらし人形店の幸運お守り~


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まず弓長が選んだのはジェットコースター。

見た目が古風でサイズ感も小さく、民家の横をすり抜けるという他の遊園地とは違ったスリルが味わえると噂の代物である。


「司さん、こういうの平気な人ですか?」


「いつ壊れてもおかしくない、古くてボロい乗り物に身を委ねる恐怖ということか?」


「違います! 高い所とか速いスピードの怖さです!」


司の声が聞こえたのか、むっとした近くの係員に来夢が愛想笑いを浮かべると、コースターは動き出す。


前に乗る二人、高見沢と弓長は、


「キャア!」


とか、


「うわ、思ったより速い!」


とか、見たまま普通のカップル。


一方、その後ろの二人。来夢はブツブツと小言を言い、それを受け流して楽しそうにもしない司のカップル。


二組を乗せたコースターは数分の後、元いた場所へと戻ってきた。


「分解はしなかったな」


「ちゃんとメンテナンスしてますよ! 係りの人に聞かれたら怒られますよ」


その後もほぼ変わらない状態でデートは続き、途中から仏頂面を全面に出していた来夢ではあったが、最後に入ろうと言われたアトラクションでその顔色が変わる。


四人の目の前には、瓦屋根と障子扉の建物。

大きな看板にはドストレートに【お化け屋敷】の文字があった。


「これに入るんですか……」


「あら、北条さん。もしかして苦手なの?」


一歩後ずさる来夢に弓長は楽しそうにすり寄ると、


「司さんにぎゅっと掴まっていれば大丈夫」


そう言って耳打ちした。


「え? ぎゅっ……?」


その言葉に来夢があからさまに頬を赤らめると、


「あら? 恋人同士なのに腕も組めないの?」


そう意味深に指摘する。

その何かを見透かしたような表情に、


「そ、そんなことないです!」


来夢は、司の服の袖を小さく摘む。

すると弓長は、イタズラっぽく微笑んで、


「一組ずつ入りましょう」


と、高見沢の手を取り先にお化け屋敷の中へと消えていった。


「どうしよう、司さん。私たち恋人じゃないってバレたかも……」


「お前の不機嫌面のせいか?」


「気づいてたんなら、もっとカップルっぽくしてくださいよ!」


「ああ、そう言えばそうだったな」


言うと司は、不意に来夢の手と自分の手を重ねた。


「え!? ええっー!」



突然のことにドギマギする来夢をよそに司は歩き出した。


「お、置いていかないでくださいよ! 恐いんですから」


来夢は離れないように掴まれた手を強く握り返し、暗闇へと足を踏み入れた。

中はうまい具合に恐怖を煽る薄暗さの狭い一本道が続いている。
左右は古びた家や木々に囲まれ逃げ道はない。


「つ、司さん……」


「どうした」


「恐くないんですか」


「作り物だぞ」


言った瞬間、


「ギャャアア!」


「ヒアアアア!」


断末魔のような効果音とともに茂みからガサッと生首が飛び出す。

司は微動だにしないが、来夢は悲鳴を上げ座り込んでいた。


「ハッ、あああ……」


「そんなにか──」


「こ、恐いんです……。む、昔からこういうのダメなんです」


「立てるか」


みっともないとは思いながらも腰に力が入らず、首をブルブルと横に振る。


と、


「へ!?」


体がフワリと浮き上がった。



「な、なに!」


目の前には逞しい男性の胸。

司が来夢をヒョイと持ち上げていたのだ。


「こ、これって」


(お姫様抱っこ!)


「おい、あまり動くなよ」


「で、ですけど」


「歩けないなら運んでやる。先に行った二人とあまり離れたくはない」


突然のことに、断る暇もなく、というか腰が抜けて下半身に力が入らない来夢は、そのまま出口まで運ばれることとなった。


デートというシュチュエーションだからだろうか。弓長に追いかけられた時もされたことはあるが、今回は何故か妙に意識してしまう自分がいた。

幸い暗がりの為、顔が真っ赤になっているのは見られずに済んだし、途中、人が仮装した幽霊に出くわし心臓が飛び出るほど驚いたせいで、なんのドキドキなのか本人も分からなくなったため、取り乱すこともなく事なきを得るのだった。




その後もこんな調子で、来夢は色々な意味でドキドキさせられながらダブルデートは続き、遊園地を出て老舗のお団子やさんで休憩し、浅草神社でお参りをして解散しようという流れになった。




「はあ……」


「疲れたか?」


お参りもほどほどに、来夢が神社のベンチに腰掛けていると、遅れてやってきた司が隣に腰を下ろした。


「はい、もうどっぷりとクタクタです」


デート相手に言うセリフではないだろうが、今回に関しては嫌みの一つもいいたくなるのだった。


なぜかと言えば、


「あっ」


今もそうだが、指摘してからここまでずっと、司は来夢の手を握りしめていた。
お団子屋なんかでは、離さないと食べられないと言うと、


「なら、食べさせてやる」


と、【強制あ~ん】までさせられたのだ。


デート未経験の来夢にとっては少々心臓に負担のかかった一日だった。

手を離していたのは、ついさっき参拝してからこのベンチまでの数分ぐらいであった。
司は社務所の方に用があると一瞬だけ消えていたのだ。


「来夢」


「はい」


「今日の記念だ」


司は繋いでいた手を離すと、そこへ【大丈夫】と刺繍された小さなお守りを置いた。



「小運のぬいぐるみほどではないが、御利益のあるものだ。今日の記念だ」


「デートの記念……わざわざ買ってきてくれたんですか」


偽りだと分かってはいても、俺様を地でいく司に、手を繋がれたりこんなことをされるとやはり胸がドキドキと鳴り出す。


それが疲れの原因ではあるのだが、来夢は知らず知らず微笑んでいた。


「ありがとうございます」



こうして、初デートは無事終わりをむかえ──るはずだったが、


「こーのー浮気者ー!」


その叫びで一気に現実に引き戻されることとなった。


このデートが、来夢自身のためのものではなかったと……。

見れば、神社の巫女さんと高見沢の前で弓長が仁王立ちしていた。


「よくもそんな堂々と、他の女に触りまくって!」


弓長の言うとおり、確かに高見沢は巫女さんの肩に触れている。
が、奥手そうな男が彼女の前で他の女性を口説き始めるはずもなく、誤解は明らかだった。
すぐに巫女姿の女性が釈明をする。


「すみません。私が転んでしまったから」


「そうだよ。それを助け起こしただけだよ」


高見沢も弁解を始める。


「そんなに怒ることじゃ──」


「ならどうして、すぐに手を離さないの!」


言われざまに高見沢はパッと手をどけるが、


「浮気は絶対に許さない……。絶対に絶対に絶対に……」


先ほどまでほんわかしていた弓長の顔は見る見る怒気をはらんでいく。

先日、来夢を追いかけた時の鬼婆のような形相へ。


「キャアアア!」


危機を感じた巫女さんが悲鳴を上げる。


「う。うわあああ!」


止めなきゃいけないはずの高見沢も悲鳴を上げる。





「これは……思ったよりもあやかしの血が濃いな」


そんな修羅場を分析するように呟くと、司は玉砂利を鳴らし現場へと駆け寄った。

また手を繋がれていた来夢も引きずられるように一緒に向かう。


「落ち着け」


二組の間に立つと司が弓長を制止する。


「冷静になれ」


「しっかりしてください、先生!」


来夢も止めに入るがなぜか、


「なによあんた! やっぱり信二に気があるの!」


攻撃が移ってしまう。


「わ、わたしは違います。えっと……、私には司さんがいます」


咄嗟に握ったままの二人の手を持ち上げる。

しかし、


「二股ってこと!? おとなしそうな顔してやることはビッチね!」


「び! ビッチ!?」


弓長は止まらないどころか、勢いを増していく。


「司さんを騙して信二とコソコソ会ってるんでしょう!」


「そ、そんなことしてません!」


「嘘をおっしゃい! どいつもこいつも信二に近づく女は目狐の性悪女よ!」


取り乱した弓長が、持っていた鞄を頭上から来夢めがけて勢いよく振り下ろした。


バシッ!


乾いた音が辺りに響き渡る。


が──、頭にやってくるはずの衝撃と痛みはなかった。


恐る恐る見ると、司が鞄を受け止めていた。


「来夢の言ったことは本当だ」


「くっ……どうしてそんなことがわかるのよ」


「こいつは俺に夢中だからだ」


「つ、司さん?」


その発言に、来夢は司の顔を仰ぎ見るが、


「主に俺の脛にだがな」


「……」


その口からはため息が漏れていた。




そこからは、


「ふざけないで!」


暴れ出した弓長に追い回され、逃げ切れたころには日が暮れていた。


標的が通りすがりの巫女さんから来夢へ変わったのがせめてもの救いだった。

来夢も元は無関係だが、さらに他人を巻き込まなくてよかったという意味で……。