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警察署の屋上へ出ると、柚葉は大きく伸びをした。
空は曇っていて少し肌寒く感じるが、心はスッキリとしていた。
すべてはこれで終わるから。いいや、終わらせてくれるであろう人が現れたから……。
「待たせたか」
「いいえ」
彼は待ち合わせの時間通りにやってくると、数歩の距離で立ち止まった。
その鋭い眼光の奥では何を考えているのかは想像もできない。
ただ柚葉にわかるのは、彼は気付いてくれたということ。それだけはその知的な瞳が物語っている。
「呼び出した理由は分かっているようだな」
「ええ。分かったのでしょう。私が響子の共犯だったって」
「二人で共謀していない共犯者だということがな」
「あら、本当にすべてお見通しなのね──司さん」
「そうでもないさ。だから、そっちから話してくれるか。【神隠し】のなごり持ち、土御門柚葉」
司が怪しんだのは、土御門という名を聞いた後すぐだった。
土御門とは陰陽師の家系に伝わる名字で、あやかしとも関わりが深い。
先祖の中に出会ったあやかしと恋に落ちた者がいてもなんら不思議ではないのだ。
だから司だけは大会議室での盗み聞きの後も、柚葉の後を尾うことを優先していたし、たどり着くことができた。
今回の一件が、百々目鬼のなごりだけでは不可能だという真相に。
二人はしばらく無言で見つめ合っていたが、柚葉は、
「……そうね」
そう言って小さく微笑むと語りはじめた。
すべてを──。
自分に不思議な力があることに気付いたのは高校生の時。
初めての彼氏が出来て浮かれて間もない頃だった。
最初は、なにをするのもドキドキでとても楽しかった。
あの頃は正に青春を謳歌していた。
けれど、それはすぐに負の感情に押し流されてしまった。
彼氏はイケメンの生徒会長で運動神経も良く、女子たちの憧れの的だったのだ。
最初は優越感もあり満足していたが、段々と周りの女子たちの目がうるさく感じ始めていた。
あきらかに好意を持って話しかける子や、ヒドイ子になると彼女持ちと分かっていながらデートに誘うなんていうこともあった。
どうして自分たちの関係を壊そうとするのか。
そう思い始めると、すべてが目障りで邪魔だった。
彼は誰にも渡さない。
そんな感情が大きく膨らんだある日。
「ウソ! なんなのこれ!」
柚葉は彼を隠すことに成功した。
不思議なことに強く念じると、彼を人の目から見えなくすることができたのだ。
まるで透明人間のように、誰にも見えなくなるのだ。
どうして? なんて思ったのはほんの少しで理由なんてどうでもよかった。
これで彼を独り占めできる。
その想いで心の中はいっぱいだったから……。
しかし、高校生の柚葉にそんな力をうまくコントロールする術はなかった。
何度も試している内に発動するためのコツは掴んだが、それだけだった。
その時もデート中、彼に色目を使う女性を発見しいつものように力を使った。
が、それは交差点に差し掛かったところだった。
力を使うため立ち止まった柚葉の数歩先を行く彼。
そこへ右折してきた車が突っ込んだ。
車の運転者には誰もいないように見えたのだ。柚葉が彼を隠したから……。