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しまった!
そう思った時には遅かった。
バン! バン!
乾いた発砲音が二発、室内に鳴り響いた。
銃口を向けられていた来夢は、キュッと目を閉じ──ようとしたところで、再び瞼を持ち上げた。
なぜなら、
「あ!」
銃声が聞こえたと同時に、誰かが自分を押し倒して覆い被さってきたから。
「大丈夫か」
「は、はい……」
その人物は、来夢の無事を確認すると、少しだけ顔をしかめた。
見れば綺麗な顔、頬から一筋の赤い線が下へとのびていた。
「え!? 撃たれたんですか! ──司さん!」
「もう動くな、まだ終わってはいない」
確かに響子はまだ銃を構えている。
虚ろな目で頭部が若干揺れているが、それは、
「なごりに抵抗して意識が遠のいているらしいな」
ということであった。撃つ前に「逃げて……」と、そう言っていたから司の言っていることは間違いないだろう。彼女も本当は人なんて殺したくはないのだ。
司は振り返ると、それ以上近寄ることはなかったが、いま撃たれたばかりなのに平然と響子の前に立った。
「まだ意識があるなら聞け、斉藤響子。お前は百々目鬼という物を盗む妖かしの血を受け継いだあやかしなごりの持ち主だ。自分で止められないのはわかっている。だから、──これに願え」
司はいつの間にか手にしていたぬいぐるみをゆっくりと投げた。
それは蒼士に渡した偽物とは違い、来夢には一目で手作りと見て取れるブサカワイイ本物の幸運を呼ぶぬいぐるみだった。
「本当にお前がいま欲しいものを願え」
反射的なのか、それを響子は受け取ったが、動く気配が見えない。
拳銃を握った手は、まだ下ろされてはいない。
それでも、来夢には分かるような気がした。
おそらく、いま彼女は心の中で戦っているのだと。
薄い意識でも司の声が届いていれば、藁にもすがる思いで願いたいはずだ。
本当は人なんて殺したくないし、盗みなんてしたくはないと。
その証拠に拳銃を握る腕がぶるぶると震え始めている。
引き金を引こうとする妖かしの血と、止めたい自分が争っているように見える。
一歩間違えれば、はずみで発砲しかねない状況で、目の前にいる司に当たるのではとヒヤヒヤしてしまうが、来夢はさらに冷や汗が止まらなくなった。
「ま、また、です……」
こんな時なのに、司の脛をスリスリしたい衝動が襲ってきたのだ。
すねこすりのあやかしなごり。
さっき存分に触ったはずなのだが、触りたくてしょうがない。
考えている暇はなかった。
欲望が一気にマックスに到達すると、倒れた姿勢のまま床を這い、司の足めがけて突進していた。
「あああ! 司さん! ごめんなさい!」
その時。
パン、パン!
再びの銃声。
響子の震える手が引き金を引いていた。
倒れ込む司。
撃たれた!
来夢は一瞬そう思ったが、それは間違いだった。
司を倒したのは、必死で彼の足を引き寄せようとした自分の手だったから。
さらに、
「あっ!」
前のめりに倒れた司は、響子を巻き込みどさくさで銃を奪い取っていた。
なんだか、しまらない結末……。
そう思いながらもホッとした来夢は、みんなそっちのけで目的の脛を存分にスリスリと撫でるのだった。