それ以来、柚葉は響子の一番の理解者になった。

悪いことは悪い。そう言いながらも、止められない盗みを理解してくれた。
だが、それもここまでだった。

十年近く続けてきた関係ももう終わる。
柚葉は止める選択をした。絶対に止められないと分かっているはずなのに……。



響子は小さく息を吐くと、階段を上がった。
目的地は警察署の6階。この場所で欲した最後の物を手に入れるためだ。
この街を出る前になんとしてもそれを手に入れたかった。

急ではあったが、準備もした。
響子に別れを告げた後、すぐに動いて。
目的を感づかれないため、各階で手早くたくさんの物を盗んでおいたのだ。
すでにあちこちで混乱が始まっている。大勢が自分の持ち物を探し回って騒ぎになっている。

おかげで、用もない6階に誰にも不審がられず来ることができた。
後は目的の部屋へ行き、それを盗るだけだった。

人気のない廊下を進み、最奥の扉の前まで来ると、持っていたポーチをグッと握りしめる。

頭の中では、最早聞き慣れたあの声が木霊している。


〈盗れ……盗ってしまえ〉


ゆっくりとドアノブを回す。


「なにか、ご用ですか?」


中には一人の人物がいた。
書類整理でもしていたのか、机越しに顔をあげる。
銀縁眼鏡に神経質そうな印象の男性。


「副署長……」


ここ浅草署随一のエリート、本城警視だ。

彼は響子の登場に不信感を覚えたのか、怪訝そうに眉根を寄せる。


「どうしてここへ?」


「実はお願いがありまして……どうしても欲しいものがあるんです」


「欲しいもの?」


「はい。──あなたの命です」


はっきりと言ってのけたのだが、本城は、


「なんの冗談です」


一層怪訝顔。


だが、


「本気です」


持っていたポーチからあるものを取り出すと、さすがに本城の顔つきが変わる。


「本物、ですね……」


下を混乱させた時、それに乗じて盗んでおいたのだ。署の保管庫から、本物の拳銃を。