「これって幸運を呼ぶのじゃなくて普通のぬいぐるみじゃ……」
陽葵に渡した物と昨日お店で司が作りかけていたのは、縫い目に多少雑さがある手作り感溢れるブサカワイイ、正体不明(本人曰くきつね)のぬいぐるみだ。
だが蒼士がいま手にしているのは、綺麗に型が整っていてどう見ても百人中九十人が猫だと言い当てるであろう代物だった。しかも、お世辞抜きに可愛い。
あきらかに別物なのだ。
そんなもので解決なんてできるのだろうか?
来夢が素直にそれを顔に出していると、
「アホのあいつにはあれで十分だ。何度も見ているのに本物か偽物かの区別もつかない方が悪い。どちらにしろ小運のぬいぐるみはなごり持ちにしか効果はないしな」
と、司は安定の低音ボイス。
「でも、それじゃあ犯人が分からないですよ」
「なにもしなければな」
「じゃあ、あれでなにかが起こるんですか?」
来夢は言葉の意図が見えず首を捻るが、司の言葉を具現化するように蒼士は動き出す。
「みんな~! ストップ!」
その瞳は自信に漲っている。
「は~い。動かないでくださいね~。あ、そこの人、席に戻ってね」
一階にいたすべての人の目が蒼士に注がれ、
「ただいま盗難事件が発生しました。みなさんその場から動かないでください」
その言葉で辺りは静寂に包まれる。
「ですがご安心ください。これから、この僕、藤原蒼士が超難関な連続盗難事件をバシッと推理してみせますから。ーーこの幸運のぬいぐるみにかけて!」
決めポーズなのか、バーン! と、伸ばした右手の先にぬいぐるみを持ち、左手を顔に添える蒼士。
だが、
「おい、藤原!」
そこまでだった……。
「なにを考えているんだ、お前は!」
奥にいた恰幅の良いクマみたいな警官が眉間に皺を寄せてズンズンとやってきたから。
「中田さん……なにって、謎解きを」
「このオモチャでか!」
中田と呼ばれた警官は、ぬいぐるみを取り上げると「バカか……」と呟き、蒼士の胸に突っ返した。
「いま起こったことはまだ盗難だと決まったわけではないんだぞ。証拠もなにもないのに一般の人まで足止めしてどうするんだ」
「けど、見たところ今突然、何人かの持ち物がなくなってますよね。だれも動いてなければ、犯人はきっとこの中に──」
「いなかったらどうする。どちらにしろ今の段階ではただの紛失だ。それとも誰かが関与した証拠でもあるのか」
「それは、ないですけど……」
「ならまずその証拠を探すんだよ。バカが! ──ったく。生活安全課はなんでこんな素人を担当にしやがったんだ」
中田と呼ばれた警官は、話は終わりだとばかりにシッシッと手を払った。
蒼士はそれ以上言い返すことも出来ずに、司たちの元へと戻る。
その瞳には、はやくも自信は微塵もない。
「怒られちゃった……」
「中田さん、怖いですね」
そんな蒼士に来夢は同情めいた言葉をかけるが、司はシュンとした友人など眼中にないと言わんばかりに、再び回りを見渡していた。
「……なるほどな」
「なにがなるほどなの?」
「いまので、なにか分かったんですか!」
「ああ」
「なんですか」
「なに?」
二人に期待の眼差しを向けられた司は、
「蒼士は、やはりアホだってことがな」
と、なぜか決め顔で言ってのけるのだった。