中に入って行くと、リビングから楽しそうな話し声が聞こえてくる。
父親は会社。
しかし中からはいないはずの男の声が聞こえてくる。
ああ、彼が来ているのか。
特に何かを感じる事もなく、無感情にそう思っただけで、柚子はリビングに入ることなく自分の部屋へと入っていった。
「柚子ー!」
しばらくテスト勉強をしていると、リビングから母親の呼ぶ声が聞こえてきた。
「柚子、帰ってるんでしょう?晩ご飯作るの手伝ってちょうだい」
仕方なく、柚子は本を閉じてリビングへ向かった。
リビングに入れば、母親がグチグチと文句を言い始める。
「もう、柚子。帰ってるんだったら呼ばれる前に手伝いに来なさい」
普段柚子には見向きもしないのに、こういう時だけは柚子の事を思い出して名前を呼ぶのだ。
でも、この母親は普通に柚子の母親をしているつもりなのだ。
自分に非があるとは微塵も思っていない。
だから、最もらしいことを言って柚子を叱れるのだ。
それに、柚子には手伝えと言うのに、すぐ近くにいる花梨には、手伝えなどとは言わない。
その事に気付いているのかいないのか。
もう、柚子は両親に己の心情を訴えることは諦めている。
まあ、気付いていたとしても、彼の前で花梨を働かせるような事はできないだろうが。