弁護士がサインの終わった書類に目を通して、不備がないか確認していく。


「ふむ、問題ないようです」


 玲夜は一つ頷くと、柚子に視線を向ける。


「柚子、もうこの家には戻らない。必要最低限の物だけ持ってくるんだ」

「う、うん」

「行きましょう。柚子」


 柚子は祖母と共に自分の部屋に向かった。


 本当に必要最低限の物だけを詰めたキャリーバッグ。
 ここから出て行くというのに、自分が持ち出したいと思えるほど思い入れのある物はこんな小さな鞄一つなのだと思うと、少し寂しい気がした。


 何せ、土日は祖父母の家に泊まり、平日は学校とバイト三昧で寝に帰るだけの部屋。
 大事な物なんてほとんど置いていないことに、今さら気付いた。

 長年過ごした自分の部屋。
 この家であの家族と顔を合わせずにすむ逃げ場でもあった。


「ありがとう」


 そう言い残して、扉を閉めた。