コツコツと足音を立てて近付いてくる男性。

 闇に溶けるような漆黒の髪と、血のように紅い瞳。

 そして、人間離れした美しいその容姿に、柚子は手の痛みも忘れて見惚れていた。

 男性は柚子の前で立ち止まると、じっと柚子を見つめる。

 その紅い瞳に囚われる。


 そして、ゆっくりと柚子に手を伸ばし、柚子の濡れた目元を拭う。

 柚子の手を見て、眉をしかめた男性は舌打ちをした。


「この霊力、狐か……」

「あの……」


 柚子が恐る恐る声を掛けると、男性の眼差しが再び柚子に向けられる。


「名前は?」

「えっ、あの」

「名前は何だ?」


 怖いほどに整った無表情な顔と違い、柚子に問い掛けるその声はひどく甘く優しい。


「柚子です」

「柚子」


 名前を呼び微笑かけてくる男性に、柚子はドキンと心臓が跳ねる。


「ずっと、お前を探していた」

「えっ、探していたって……」


 この男性とは今が初対面だ。
 これほどの美形忘れるはずがない。
 しかも、この紅い目。きっと何かのあやかしだろう。


「俺は玲夜。鬼龍院玲夜だ。ずっと捜していた。俺の花嫁」


 そう言って、手を気遣うようにそっと柚子を抱き寄せる玲夜。