入り口の格子戸に“本日は閉店しました”と書いた紙を貼り、柚香は獅狛と一緒に奏汰の車の後部座席に乗った。ダッシュボードに表示されている時刻は十八時三十分。柚香が倒れたのは昼過ぎだったから、五時間近く眠っていたことになる。

「晩飯はどうすんの? 腹減ったし、途中でなにか食おうか」

 奏汰がエンジンをかけながら後部座席に問いかけた。

「晩ご飯は帰りでもいいですか? あまり遅くなったら飯塚さんの家を訪ねられなくなりますから」
「確かにそうだな」

 奏汰は柚香がシートベルトを締めたのを確認してアクセルを踏んだ。ししこまの門の前で停車して、後部座席の獅狛を見る。

 犬の姿をした獅狛は、前足の間に置いた湯飲みに鼻を寄せた。そうして匂いをかいでから、開いた窓から外の空気を吸う。

「右ですね。右に進んでください」

 獅狛の指示に従い、奏汰は敷地を出ながらハンドルを切った。対向車とやっとすれ違えるような細いガタガタ道を、速度を落として進む。サイドウィンドウからは、道路を照らすオレンジ色の街灯の中、刈り入れが終わって稲が干されている田んぼが見えた。

「このうちのどれかが飯塚さんの田んぼなのかな?」

 ハンドルを握ったまま奏汰が言った。

「そちらの田んぼですね」

 獅狛は狗守山の麓に広がる右手の田んぼの方を向いた。稲が干されているのは、きっと二日前に飯塚が干したものだろう。

「次の角を左折して県道に出てください」

 獅狛に指示されるがまま、奏汰は左折して広い道路に進んだ。獅狛はときおり匂いをかぐような仕草をして、空気中に残る飯塚の匂いをたどっている。

(二日前に使って洗った食器から匂いがわかるなんて……。しかも、空気中の匂いをたどれるなんて……)

 警察犬でも無理じゃないだろうか、などと思いながら、柚香は左側に座る獅狛の姿を盗み見た。開いた窓からひんやりとした風が吹き込み、獅狛の白く艶やかな毛並みを乱す。風を受けて細めた茶色の瞳は、暗闇でも輝く金色の光を宿していた。

 人間の姿のときも美しいと思ったが、犬の姿のときも凛々しく美しい。

 そうして獅狛の案内に従い三十分ほど走るうちに、柚香のまったく知らない地域に出た。そのまま郊外を抜けて隣の県に入ると交通量が増え、幹線道路沿いに家電量販店や大型スーパーが見えてくる。

「いつもあのスーパーで買い物してるんだ」

 奏汰がバックミラー越しに柚香に声をかけた。