「行ったー! レフトスタンド一直線!」
 七回の表、とうとう試合が動いた。
「千町高校四番上田。先制のソロホームラン! ここまで苦しめられて来た内に沈む球を見事に捉えてレフトスタンドへ叩き込みました!」
「僅かに浮いた球を見逃しませんでしたね。球が浮いてしまった分、キレも良くなかった。ただ、それを一発で仕留めた上田君を褒めるべきでしょう」
 上田がダイヤモンドを一周してホームに還って来る。
 七回の表に一の数字が刻まれた。
 上田のホームランの勢いに乗れとばかりに千町高校側のスタンドからはこの日一番の声援が送られている。
 ホームランを打たれたマウンドの関口は帽子を深く被り、足場を整えている。
 ベンチから伝令が送られ、内野陣が集まり、会話を交わした後も、関口は淡々とした様子で、ホームランを打たれた影響はなさそうな様子だった。
 だが、続く五番大森への初球。
 関口が投じたのはこれまでとは打って変わって左バッターの内角へ食い込んで来るストレート。
 いわゆる、クロスファイヤー。
 予想外の球と、その威力に大森は思わずのけ反ってしまっていた。
 関口はこの球を大森に続けた。
 これまでのバットの芯をかわすピッチングとは違い、力でねじ伏せようとしに来ている。
 球もそうだが、関口自身がその気迫に溢れていた。
 大森は内角のストレートに詰まらされ、ボテボテのショートゴロに倒れた。
 六番の岡崎。
 右打者の岡崎に対しても関口は内角へのストレートを続けた。
 肩口から入って来るストレートに岡崎は体を逸らす。
 少しでも手元を狂わせれば当たってもおかしくないコースを関口は攻めてくる。
 二球目も同じようなコース。
 だが、大森の時と同様、この回の関口の球には力がある。
 岡崎も関口のストレートに詰まってしまい、ファーストファールフライに倒れた。
 七番の林も詰まらされてキャッチャーフライ。
 三つ目のアウトを奪った瞬間、関口は小さくガッツポーズをしながら、声を上げていた。
 いつもは冷静な関口には珍しい行動。
 それだけ上田に一本を浴びてからの投球には熱が入っていた。

 七回の裏、先頭で打席に立つのは四番黒田。春野対黒田の第三ラウンド。ここまでは二打数無安打で二つの三振と春野が黒田を完全に抑えているという形になっています」
「結果だけ見ればそうですが、一打席目はそうだとしても二打席目は抑えられたという感じではなかったですね。黒田君があえて打ちに行かなかったようにも見えましたから。そのあたりも含めて、この打席は注目ですね」
「なるほど。さぁ、注目の黒田の三打席目。ピッチャー春野、第一球を……投げました! すストライク! 初球は外に逃げる球を空振り」
 初球、剣都は外角低めに来た球に対し、フルスイングしていた。
 だが、大智の球はそれをかわして行く。
「春野、第二球を、投げました! これも空振り。今度は下へ逃げて行く縦のスライダー」
「うーん。黒田君は二球とも完全にストレートのタイミングで振っていましたね。ボールが変化しているにも関わらず自分のスイングをしていた。端から、自分は真っすぐしか打つ気はないぞと言っているかのようです」
「真っすぐ以外はお待ちでないってか?」
 剣都のスイングを見て大智は呟く。
「チームの四番がそれじゃ、勝てるものも勝てない……ぜ!」
 大智は三球目を投じた。
 横に変化するスライダー。
 外角低め、理想のコース。
 決まった。
 そう思った次の瞬間。
 突然バットが現れ、鋭い金属音が響き渡った。
「打ったー! あぁっと、捕った! 捕っている! ファースト上田ジャンプ一番、ファイプレー。火の出るような当たりでしたが、ファースト上田のファインプレーで黒田を抑えました」
 アウトになった剣都は打席から数歩の所で、立ち止まり、大智を睨むようにじっと見つめている。
 見事な大ジャンプで剣都の打球を捕球したものの、勢いに押され背中から倒れ込んでいた上田。
 立ち上がると、思いっきり力を込めて大智にボールを返球した。
 そして、そのまま何事もなかったかのように、また自分の守備位置に就いた。
 ファインプレーの礼を言おうとした大智だったが、上田は大智と目を合わせようとはしなかった。