球場を出ると、剣都と愛莉の姿があった。
 大智は二人を見つけやいなや、二人の許へと向かった。
 大智より少し遅れて球場を出て来た紅寧も二人の姿を見つけると、すぐに二人の許へと駆け寄って行った。
「待たせたな」
 大智は二人の許へ着くと開口一番で言った。
「言うほど待ってねぇよ。俺らもさっき来たところだ」
 剣都が返す。
「そっちじゃねぇよ。試合。随分と長い間待たせちまったな。けど、ようやく辿り着いた」
 大智は真っすぐな目で剣都を見つめる。嬉しさからか口元は微かに口角が上がっている。
「あぁ、そっちか。そっちなら確かに随分と待たされたな。けど、お前はちゃんと辿り着いた。人数不足を乗り越え、怪我を乗り越え、あらゆる逆境を乗り越えてお前はここまで来た。ほんと大したやつだよ、お前は」
 剣都は半ば呆れたように言った。
 これまでの大智の奮闘ぶりを称えているようだった。
 そんな二人の様子を愛莉は嬉しさと心苦しさが入り混じった複雑な表情で見つめていた。
 二人の望みがようやく叶うことを嬉しく思いながらも、とうとうこの時が来てしまったのだと思う気持ちが入り混じっている。
 どちらが勝っても嬉しく、どちらが負けても辛い。
 次の試合、どちら勝っても抱く思いはきっと同じだ。
 嬉しさと悲しさが同時に襲って来る。
 どちらの勝利も願えない。
 そんな愛莉が明日の試合で願うのはたった一つだけ。
 明日の試合、二人が思う存分、力を発揮できますように。
 たったそれだけ。
「いよいよだね」
 大智と剣都が向かい合っている間に愛莉の隣に来ていた紅寧が言った。
「うん……」
「やっぱり、二人の試合を見るのは辛い?」
 愛莉は黙って頷く。
「でも、ちゃんと最後まで見届ける。それが、約束だから」
 愛莉はそう言い切ると、力強い眼差しで二人を見つめた。

「疲れは?」
「どうかな。それは明日になってみないと何とも言えねぇな。けど、安心してていいぞ。きっと明日以上にアドレナリンが出ることは先にも後にもそうないだろうからな。最高の球を投げ込んでやるさ」
 そう言って大智はニヤリと微笑んだ。
「そいつは楽しみだ」
 剣都もふっと笑みを浮かべていた。
「おーい、黒田。帰るぞ」
 遠くで晴港の選手が剣都を呼んでいる。
「おう。すぐに行く」
 剣都はすぐに返事を返して、大智に向き直った。
「わりぃ、もう行かねぇと。じゃあ、また明日。グラウンドで」
 剣都は、楽しみにしているぞ、と言わんばかりの眼差しを大智に向けた。
「あぁ」
 大智も同じように、楽しみにしている思いを眼差しに込めて剣都に語りかけた。
 数秒見つめ合った後、剣都はふっと笑みを浮かべると、「じゃあな」と手を上げてチームメイトの許へと向かって行った。
 剣都を見送った後、大智の側には愛莉がやって来た。
「おめでとう。ようやくだね」
「あぁ。色々あったけど、ちゃんとあいつのところまでやって来られた」
 大智はしみじみと言った。
 愛莉は静かに、うん、と頷いていた。
「なぁ、愛莉?」
「うん?」
「明日の試合、愛莉は心から楽しめん、見ておられんかもしれんけど、俺と剣都にとっては待ちに待った日だ。最初から最後までずっと見守っていてくれるか?」
「うん。最初から最後までちゃんと見届けるよ。結果がどうであれ、ずっと」
 それを聞いた大智は表情を緩め、「ありがとう」と礼を言った。
「じゃあ、俺らもそろそろ行くわ」
「うん。頑張ってね」
「おう。行こう、紅寧」
 大智が声をかけると、紅寧は「うん」と返事をして、二人でチームメイトの許へと向かった。
 二人を見送って一人になった愛莉はふっと何気なく空を見上げた。
 雲一つない夏の青い空がどこまでも広がっている。
 予報では明日も雨の心配は全くなく、快晴になるらしい。
 明日もきっと、とてつもなく暑くなるのだろう。
 けどそれ以上に……。
 愛莉は球場に視線を移した。
 明日のここは、もっと熱くなる。