試合後半に差し掛かっても変わらず好投を続けている晴港の多村。
六回、七回もランナーを一人も許さず、パーフェクトピッチングを続けていた。
一方、試合が進むにつれ、徐々に調子を上げている大智も晴港打線を七回、八回と三者凡退に抑え込んでいた。
その内容も良く、打者六人に対して、四つの三振を奪っていた。
試合の流れ、雰囲気は決して悪くはない。
八回裏の攻撃を前にして、千町ナインはベンチ前で円陣を組んでいた。
「いいか。ここまで俺らは完全に抑え込まれている。というか完全試合目前だ。けど、こういう時っていうのは一度崩れると案外脆かったりするもんだ。それに相手は相手で試合の勝ち負けだけじゃない、違ったプレッシャーもかかっているだろうしな。つけ入るスキは必ずある。そこを逃さず一気に攻め込めば勝機は必ず見えて来る。勝つぞ!」
主将である大森のその声で千町ナインは一斉に「おー!」と気合の籠った声を上げた。
その声にスタンドからはエールの拍手が送られた。
八回の裏、先頭は四番上田から。
初球はフォークを空振り。
晴港バッテリーはここまで上田にしかフォークを投げていない。
どうやらこの試合、上田は徹底的にマークされているようだ。
だからといって、上田もただやられっぱなしで打席に立っているわけではない。
上田はいつもより少しだけバットを短く持ち直し、コンパクトなスイングで多村の投げる球に何とか対応しようとしていた。
二球目のストレートをファールにした後、上田は持ち前の選球眼を駆使しながら、相手が三振を狙いに来た球に何とかくらい付いていった。
そして、カウントは三ボール二ストライクになった。
炎天下の中、ここまでパーフェクトピッチングを続けている多村。
球数はそれほど多くはないが、パーフェクトピッチングを続けて来た着けが溜まっているのか、その顔には疲労の色が見え始めていた。
恐らく多村本人はパーフェクトピッチングを意識していない、もしくは意識しないようにしいるつもりかもしれないが、それでもやはり回が進むにつれ、本人が意識しなくとも、周りが意識し始めてしまう。いくら普段通りにしていようとしたとしても、やはりどこかぎこちなくはなってしまう。そうすると、そのぎこちなさが本人に伝わり、完全試合、もしくはノーノ―の文字が頭にちらついてしまうというものだ。
するとそれは、無意識のうちに緊張感を高めてしまう。
そして、いつもとは違う緊張感となって、次第に体に重くのしかかってくるのだ。
更に、気温三十五度を超える猛暑日のマウンドで初回から全力投球を田村は続けている。
元々、力で押し切って行く投球スタイルの為、体力の消耗も激しい。
基本、一試合通して全力で投げたとしても、同じ威力の球を投げ続けることは、いくら練習を積んだ所で不可能に近い。
練習によって力の沈み方を少なくすることはできるが、必ず一試合のどこかで力が沈む時は必ず来る。
多村に関しては今がその時だ。
正確には先の回からその傾向は見えていたのだが、先の回では打球が打者の正面をついて三人で切られてしまっていた。
九回になれば、残りアウト三つということで、再びギアを入れ直してくるだろう。
そうなる前に打ち崩したいところ。
試合をひっくり返すにはこの回しかない。
上田はギュッとバットを握り締めた。
マウンドの多村は肩で息をしながら。キャッチャーからのサインを確認すると投球モーションに入った。
投球モーションに入ると多村の目の色が変わった。
睨みつけるような目でホームを見ている。
絶対に打たせないという気迫が溢れ出ているようだった。
上田も対抗するように多村を睨みつける。
絶対に打つという気迫がその背中に宿っていた。
三ボール二ストライクから多村が投げた。
多村の手から放れたボールは真っすぐ上田に向かって来ている。
上田はストレートとフォークを見極める為、ギリギリまでボールを呼び込む。
上田がスイングに行くまでの間に、ボールに変化はなかった。
(ストレート!)
上田はスイングに行く。
短打を狙ったシャープなスイング。
ボールの軌道にバットを入れ込む。
タイミングは悪くない。内野の頭は越せる。
そう上田は思っていたのだが……。
「しゃあ!」
マウンド上で多村が吠えた。
上田が真っすぐだと思って振りに行った球はフォークだった。
それもここまでで一番のキレと落差のある球だった。
上田が打てなかったのも仕方がない、と思えるほどの球だった。
だが、上田はそうは思っていない。
悔しさのあまりヘルメットを地面に叩きつけそうになったが、ヘルメットの鍔に手をかけたところでグッと堪え、ベンチへと引き返して行った。
ベンチに戻って来た上田は気持ちを押し殺すような声で「すまん」と告げた。
その際、上田は唇を噛みしめ、拳をギュッと握り締めていた。
そんな上田の姿に誰も声をかけることはできなかった。
安易な言葉はかけられない。
そんな雰囲気が漂っていた。
だが、チームの四番のその姿に心を打たれない者はいなかった。
上田を見つめている者は皆、特にレギュラー陣の目には、自分たちが何とかするんだ、という熱意が宿るようになっていた。
五番、大森が打席に立つ。
このままでは終われない。こんな所で終わってたまるか。今年は絶対に港東と戦う。あいつら二人を決勝の舞台で戦わせてやるんだ。
大森はそういう強い思いを抱いて打席に立っていた。
初球、ストレート。
大森は迷わずスイングに行った。
金属音が響く。
その後すぐにバックネットをボールが揺らした。
タイミングは合っていたが、僅かに多村の球の威力が勝った。
二球目、カーブが大きく外れる。
明らかなボール球。
続く三球目もカーブ。
だが、これもストライクゾーンを大きく外した。
上田と対決に力を費やしたのか、多村は制球が定まらなくなっていた。
四球目。
カーブの制球が困難になっているとわかった晴港バッテリーはストレートを選択した。
コースは甘め。
だが、しっかりと腕を振って投げられた勢いのある球だ。
ストレートを狙っていた大森は迷わずスイングに行った。
(負けてたまるか!)
球の勢いに負けないよう気持ちを込めて打ちに行く。
大森のバットが多村のストレートを捉えた。
打球はピッチャーの足下を抜けセンターへ。
球場が湧く。
大森はすぐさま全力で一塁へと向かった。
誰しもが抜けたと思っていたが、ピッチャーの足下を抜けた打球の許へセカンドの町田がひょこっと姿を現した。
町田が打球に飛びつく。
ボールは町田のグラブの中へ。
町田はすぐさま立ち上がって一塁へとボールを送った。
打った大森は懸命に走る。
そして、一塁へ頭から滑り込んだ。
ファーストはボールを捕球。
砂煙が舞う中、皆の視線が一斉に一塁塁審へと集まった。
「セーフ、セーフ」
一塁塁審の手が横に開かれた。
「しゃあ!」
いつもは冷静な大森が立ち上がりながら吠えた。
六回、七回もランナーを一人も許さず、パーフェクトピッチングを続けていた。
一方、試合が進むにつれ、徐々に調子を上げている大智も晴港打線を七回、八回と三者凡退に抑え込んでいた。
その内容も良く、打者六人に対して、四つの三振を奪っていた。
試合の流れ、雰囲気は決して悪くはない。
八回裏の攻撃を前にして、千町ナインはベンチ前で円陣を組んでいた。
「いいか。ここまで俺らは完全に抑え込まれている。というか完全試合目前だ。けど、こういう時っていうのは一度崩れると案外脆かったりするもんだ。それに相手は相手で試合の勝ち負けだけじゃない、違ったプレッシャーもかかっているだろうしな。つけ入るスキは必ずある。そこを逃さず一気に攻め込めば勝機は必ず見えて来る。勝つぞ!」
主将である大森のその声で千町ナインは一斉に「おー!」と気合の籠った声を上げた。
その声にスタンドからはエールの拍手が送られた。
八回の裏、先頭は四番上田から。
初球はフォークを空振り。
晴港バッテリーはここまで上田にしかフォークを投げていない。
どうやらこの試合、上田は徹底的にマークされているようだ。
だからといって、上田もただやられっぱなしで打席に立っているわけではない。
上田はいつもより少しだけバットを短く持ち直し、コンパクトなスイングで多村の投げる球に何とか対応しようとしていた。
二球目のストレートをファールにした後、上田は持ち前の選球眼を駆使しながら、相手が三振を狙いに来た球に何とかくらい付いていった。
そして、カウントは三ボール二ストライクになった。
炎天下の中、ここまでパーフェクトピッチングを続けている多村。
球数はそれほど多くはないが、パーフェクトピッチングを続けて来た着けが溜まっているのか、その顔には疲労の色が見え始めていた。
恐らく多村本人はパーフェクトピッチングを意識していない、もしくは意識しないようにしいるつもりかもしれないが、それでもやはり回が進むにつれ、本人が意識しなくとも、周りが意識し始めてしまう。いくら普段通りにしていようとしたとしても、やはりどこかぎこちなくはなってしまう。そうすると、そのぎこちなさが本人に伝わり、完全試合、もしくはノーノ―の文字が頭にちらついてしまうというものだ。
するとそれは、無意識のうちに緊張感を高めてしまう。
そして、いつもとは違う緊張感となって、次第に体に重くのしかかってくるのだ。
更に、気温三十五度を超える猛暑日のマウンドで初回から全力投球を田村は続けている。
元々、力で押し切って行く投球スタイルの為、体力の消耗も激しい。
基本、一試合通して全力で投げたとしても、同じ威力の球を投げ続けることは、いくら練習を積んだ所で不可能に近い。
練習によって力の沈み方を少なくすることはできるが、必ず一試合のどこかで力が沈む時は必ず来る。
多村に関しては今がその時だ。
正確には先の回からその傾向は見えていたのだが、先の回では打球が打者の正面をついて三人で切られてしまっていた。
九回になれば、残りアウト三つということで、再びギアを入れ直してくるだろう。
そうなる前に打ち崩したいところ。
試合をひっくり返すにはこの回しかない。
上田はギュッとバットを握り締めた。
マウンドの多村は肩で息をしながら。キャッチャーからのサインを確認すると投球モーションに入った。
投球モーションに入ると多村の目の色が変わった。
睨みつけるような目でホームを見ている。
絶対に打たせないという気迫が溢れ出ているようだった。
上田も対抗するように多村を睨みつける。
絶対に打つという気迫がその背中に宿っていた。
三ボール二ストライクから多村が投げた。
多村の手から放れたボールは真っすぐ上田に向かって来ている。
上田はストレートとフォークを見極める為、ギリギリまでボールを呼び込む。
上田がスイングに行くまでの間に、ボールに変化はなかった。
(ストレート!)
上田はスイングに行く。
短打を狙ったシャープなスイング。
ボールの軌道にバットを入れ込む。
タイミングは悪くない。内野の頭は越せる。
そう上田は思っていたのだが……。
「しゃあ!」
マウンド上で多村が吠えた。
上田が真っすぐだと思って振りに行った球はフォークだった。
それもここまでで一番のキレと落差のある球だった。
上田が打てなかったのも仕方がない、と思えるほどの球だった。
だが、上田はそうは思っていない。
悔しさのあまりヘルメットを地面に叩きつけそうになったが、ヘルメットの鍔に手をかけたところでグッと堪え、ベンチへと引き返して行った。
ベンチに戻って来た上田は気持ちを押し殺すような声で「すまん」と告げた。
その際、上田は唇を噛みしめ、拳をギュッと握り締めていた。
そんな上田の姿に誰も声をかけることはできなかった。
安易な言葉はかけられない。
そんな雰囲気が漂っていた。
だが、チームの四番のその姿に心を打たれない者はいなかった。
上田を見つめている者は皆、特にレギュラー陣の目には、自分たちが何とかするんだ、という熱意が宿るようになっていた。
五番、大森が打席に立つ。
このままでは終われない。こんな所で終わってたまるか。今年は絶対に港東と戦う。あいつら二人を決勝の舞台で戦わせてやるんだ。
大森はそういう強い思いを抱いて打席に立っていた。
初球、ストレート。
大森は迷わずスイングに行った。
金属音が響く。
その後すぐにバックネットをボールが揺らした。
タイミングは合っていたが、僅かに多村の球の威力が勝った。
二球目、カーブが大きく外れる。
明らかなボール球。
続く三球目もカーブ。
だが、これもストライクゾーンを大きく外した。
上田と対決に力を費やしたのか、多村は制球が定まらなくなっていた。
四球目。
カーブの制球が困難になっているとわかった晴港バッテリーはストレートを選択した。
コースは甘め。
だが、しっかりと腕を振って投げられた勢いのある球だ。
ストレートを狙っていた大森は迷わずスイングに行った。
(負けてたまるか!)
球の勢いに負けないよう気持ちを込めて打ちに行く。
大森のバットが多村のストレートを捉えた。
打球はピッチャーの足下を抜けセンターへ。
球場が湧く。
大森はすぐさま全力で一塁へと向かった。
誰しもが抜けたと思っていたが、ピッチャーの足下を抜けた打球の許へセカンドの町田がひょこっと姿を現した。
町田が打球に飛びつく。
ボールは町田のグラブの中へ。
町田はすぐさま立ち上がって一塁へとボールを送った。
打った大森は懸命に走る。
そして、一塁へ頭から滑り込んだ。
ファーストはボールを捕球。
砂煙が舞う中、皆の視線が一斉に一塁塁審へと集まった。
「セーフ、セーフ」
一塁塁審の手が横に開かれた。
「しゃあ!」
いつもは冷静な大森が立ち上がりながら吠えた。