「ほう、今年の一年も中々やるな」
グラウンドで行われているシートノックを見ながら大智が呟いた。
シートノックを受けているのは新入生。
藤原が実力を試すようにノックを打っている。
「今年は集めてないんだよな?」
大智は、一年生のノックを見ながらメモを取っている紅寧に訊いた。
「うん。去年はチームの仕事で手一杯だったからね」
「それにしてはいい選手が揃ってるな」
「そうだね。学区内でトップレベルの子は流石にいないけど、そこそこ実力のある子が何人かいる。去年の夏のベスト八に秋の県大会出場の効果かな。地元の公立校でも強豪校と渡り合えるって思ってくれたんじゃない?」
「そうだと嬉しいな」
「絶対そうだよ」
そう言って紅寧はにこっと笑った。
大智は微笑み返す。
「この流れがこのままずっと続いてくれればいいんだけどな。この流れが続いていけば、きっとこの町はもっと賑やかになる。毎年、何か一つでも楽しみがあるだけで、生きていく気力は全く違うからな」
紅寧は、そうだね、と頷いた。
「俺が引退した後のことは頼んだぜ、紅寧」
だが、紅寧からはすぐに返事が返って来なかった。
紅寧はムスッとした顔を浮かべていた。
「紅寧?」
大智が呼ぶと、紅寧は少し間を空けてから口を開いた。
「引退した後のことなんて今はどうだっていい。そんなこと言うのは全部が終わってからにして」
それを受けた大智は、納得したように、小刻みに頷く。
「そうだな……。そうだよな。すまんかったな」
「ううん、私の方こそごめんね。でも、私は今、何としてでも夏大を勝ち抜いて甲子園に行くことしか考えてないから」
「そっか。うしっ! んじゃ、もうひとっ走りしてきますか!」
大智は紅寧の側から駆け出して行った。
紅寧はその後ろ姿を見送る。
「絶対に行こうね、甲子園」
暗闇でビュッ、ビュッと風を切る音がしている。
「ちょっとそこのお兄さん。スイングの音がうるさくて、寝られないんですけど」
素振りをしている大智の許に愛莉が来て言った。
真っ暗の空。真っ黒のキャンパスには輝く星が散りばめられている。
「素振りの音が家の中まで届くかよ」
大智は手を止めることなく、バットを振り続けている。
「どうした? 何か用か?」
「用がないと来ちゃダメ?」
「別に。けど、わざわざこんな時間にどうしたんだ?」
「ちょっと休憩がてら外の空気を吸おうと思って窓を開けたら大智の姿が見えたから」
「何してたんだ?」
「勉強」
「勉強してたのか?」
「当たり前でしょ。私達、もう高校三年生。受験生よ」
それを聞いた大智はバットを振る手を止め、ポカーンとした様子で愛莉を見ていた。
「あぁ、そうか! 俺らもう受験生なのか!」
大智はポンと一つ手を叩いた。
「いやー、夏の大会のことしか頭になくて、すっかり忘れてたわ」
そう言いながら大智は頭の後ろを掻いていた。
「全く……。お気楽なんだから」
愛莉は呆れた目を大智に向けていた。
「こんな時間まで練習?」
「泣いても笑っても、あと三か月ちょっとしかないからな。できることはやっときたいんだよ」
大智は再びバットを振り始める。
「そっか……。あと三か月ちょっと……か。あっという間だね」
「あぁ。あっという間だ」
「一度でいいから大智が甲子園で投げてる姿、見てみたいな」
愛莉は夜空を見上げながら言った。
大智は愛莉の言葉を聞くと、素振りの手を止めた。
「いいのか? そんなこと言って」
「ん?」
愛莉は大智に視線を戻し、小首を傾げた。
「今の訊いたら剣都のやつ悲しむぞ」
「……そうだね」
愛莉は再び視線を星の輝く夜空へと移した。
「勿論、剣都にも甲子園に行って欲しいって想いはあるよ。なんたって五季連続出場、しかもレギュラーでだなんて、誰にでもできることじゃないしね。けど、剣都が甲子園で輝く姿はもう沢山見せてもらったから……。最後くらい、あの舞台で輝く大智の姿を私は見てみたい」
「愛莉……」
「剣都には内緒よ」
「言うかよ。それこそ今のがあいつに知れたら、どこまで飛ばされるかわかったもんじゃねぇ」
「軽くスタンド上段まで飛ばされそうだね」
愛莉はくすくすと笑う。
「笑いごとじゃねぇよ。あいつならマジでやりかねねぇんだから」
大智は苦笑を浮かべる。
「ふふっ。そうだね」
愛莉は対照的に微笑みを浮かべていた。
「そういえば、結局二人の勝負は一年の夏だけだったね」
「だな……。でもこれから最高に熱い舞台が待ってる」
「勝負できるといいね。出来ることなら決勝の舞台で」
「出来るさ。必ずな」
「どうして言い切れるの?」
「当たるまで負けねぇからな。それに野球の神様は見たいはずだからな。俺と剣都の戦いを。決勝の舞台でな」
「……そうだね。まぁ、結局、根拠のある理由はなかったけど」
「冷静にツッコむな」
大智は苦笑する。
「ま、その為にも今のうちにやれることはやっときてぇんだよ。後悔はしたくないからな」
「そっか。頑張れ、大智。負けるな」
大智は微笑みながら、おう、と返事をすると、愛莉に背を向け、再びバットを振り始めた。
グラウンドで行われているシートノックを見ながら大智が呟いた。
シートノックを受けているのは新入生。
藤原が実力を試すようにノックを打っている。
「今年は集めてないんだよな?」
大智は、一年生のノックを見ながらメモを取っている紅寧に訊いた。
「うん。去年はチームの仕事で手一杯だったからね」
「それにしてはいい選手が揃ってるな」
「そうだね。学区内でトップレベルの子は流石にいないけど、そこそこ実力のある子が何人かいる。去年の夏のベスト八に秋の県大会出場の効果かな。地元の公立校でも強豪校と渡り合えるって思ってくれたんじゃない?」
「そうだと嬉しいな」
「絶対そうだよ」
そう言って紅寧はにこっと笑った。
大智は微笑み返す。
「この流れがこのままずっと続いてくれればいいんだけどな。この流れが続いていけば、きっとこの町はもっと賑やかになる。毎年、何か一つでも楽しみがあるだけで、生きていく気力は全く違うからな」
紅寧は、そうだね、と頷いた。
「俺が引退した後のことは頼んだぜ、紅寧」
だが、紅寧からはすぐに返事が返って来なかった。
紅寧はムスッとした顔を浮かべていた。
「紅寧?」
大智が呼ぶと、紅寧は少し間を空けてから口を開いた。
「引退した後のことなんて今はどうだっていい。そんなこと言うのは全部が終わってからにして」
それを受けた大智は、納得したように、小刻みに頷く。
「そうだな……。そうだよな。すまんかったな」
「ううん、私の方こそごめんね。でも、私は今、何としてでも夏大を勝ち抜いて甲子園に行くことしか考えてないから」
「そっか。うしっ! んじゃ、もうひとっ走りしてきますか!」
大智は紅寧の側から駆け出して行った。
紅寧はその後ろ姿を見送る。
「絶対に行こうね、甲子園」
暗闇でビュッ、ビュッと風を切る音がしている。
「ちょっとそこのお兄さん。スイングの音がうるさくて、寝られないんですけど」
素振りをしている大智の許に愛莉が来て言った。
真っ暗の空。真っ黒のキャンパスには輝く星が散りばめられている。
「素振りの音が家の中まで届くかよ」
大智は手を止めることなく、バットを振り続けている。
「どうした? 何か用か?」
「用がないと来ちゃダメ?」
「別に。けど、わざわざこんな時間にどうしたんだ?」
「ちょっと休憩がてら外の空気を吸おうと思って窓を開けたら大智の姿が見えたから」
「何してたんだ?」
「勉強」
「勉強してたのか?」
「当たり前でしょ。私達、もう高校三年生。受験生よ」
それを聞いた大智はバットを振る手を止め、ポカーンとした様子で愛莉を見ていた。
「あぁ、そうか! 俺らもう受験生なのか!」
大智はポンと一つ手を叩いた。
「いやー、夏の大会のことしか頭になくて、すっかり忘れてたわ」
そう言いながら大智は頭の後ろを掻いていた。
「全く……。お気楽なんだから」
愛莉は呆れた目を大智に向けていた。
「こんな時間まで練習?」
「泣いても笑っても、あと三か月ちょっとしかないからな。できることはやっときたいんだよ」
大智は再びバットを振り始める。
「そっか……。あと三か月ちょっと……か。あっという間だね」
「あぁ。あっという間だ」
「一度でいいから大智が甲子園で投げてる姿、見てみたいな」
愛莉は夜空を見上げながら言った。
大智は愛莉の言葉を聞くと、素振りの手を止めた。
「いいのか? そんなこと言って」
「ん?」
愛莉は大智に視線を戻し、小首を傾げた。
「今の訊いたら剣都のやつ悲しむぞ」
「……そうだね」
愛莉は再び視線を星の輝く夜空へと移した。
「勿論、剣都にも甲子園に行って欲しいって想いはあるよ。なんたって五季連続出場、しかもレギュラーでだなんて、誰にでもできることじゃないしね。けど、剣都が甲子園で輝く姿はもう沢山見せてもらったから……。最後くらい、あの舞台で輝く大智の姿を私は見てみたい」
「愛莉……」
「剣都には内緒よ」
「言うかよ。それこそ今のがあいつに知れたら、どこまで飛ばされるかわかったもんじゃねぇ」
「軽くスタンド上段まで飛ばされそうだね」
愛莉はくすくすと笑う。
「笑いごとじゃねぇよ。あいつならマジでやりかねねぇんだから」
大智は苦笑を浮かべる。
「ふふっ。そうだね」
愛莉は対照的に微笑みを浮かべていた。
「そういえば、結局二人の勝負は一年の夏だけだったね」
「だな……。でもこれから最高に熱い舞台が待ってる」
「勝負できるといいね。出来ることなら決勝の舞台で」
「出来るさ。必ずな」
「どうして言い切れるの?」
「当たるまで負けねぇからな。それに野球の神様は見たいはずだからな。俺と剣都の戦いを。決勝の舞台でな」
「……そうだね。まぁ、結局、根拠のある理由はなかったけど」
「冷静にツッコむな」
大智は苦笑する。
「ま、その為にも今のうちにやれることはやっときてぇんだよ。後悔はしたくないからな」
「そっか。頑張れ、大智。負けるな」
大智は微笑みながら、おう、と返事をすると、愛莉に背を向け、再びバットを振り始めた。