「ん? あれ、ちょっと待てよ」
 ベンチから勢い良く立ち上がった大智だったが、何故か途端に首を傾げる。
「どうしたの?」
「なぁ、もし今回、剣都がこのまま勝ち進んで甲子園に行ったら、あの約束って、もうそこでおしまい、だよな?」
「え? 何で?」
 愛莉はきょとんとした様子で首を傾げている。
「いや、だって今回、剣都が甲子園に行ったら愛莉は応援に行くだろ?」
「うん。勿論」
 愛莉が真顔で頷く。
「じゃあ、それで剣都が約束を果たしたことになるよな?」
「それはまぁ、とりあえずはね」
「だろ? じゃあ、俺の負けじゃん。チャンスなくなるじゃん」
「だから何で?」
 愛莉は真顔のまま、再び首を傾げた。
 そんな愛莉の様子に大智は困った顔を浮かべる。
「いや、何でって……。愛莉が言ったんだろ? 自分を甲子園に連れて行ってくれ方を選ぶって」
「うん。言った」
「だったら、もし今回、剣都が甲子園に行ったとしたら、愛莉は剣都を選ぶってことだろ? まだ入部して間もないとはいえ、あいつはちゃんとレギュラーで出てるわけだしな」
 だが、愛莉は増々困惑したかのように首を大きく傾げていた。
「え? 俺、何かおかしなこと言った?」
 困惑している愛莉の様子を見て、大智は恐る恐るといった様子で訊いた。
「だって、私は甲子園に連れて行ってくれた方って言ったのよ?」
「いや、だからさっきからそう言って……」
「先にとは一言も言ってないでしょ?」
「は?」
 大智の目が点になる。
「だ・か・ら! 仮に今回、剣都が甲子園に出たとしても、大智にもまだチャンスはあるってこと。高校三年生の夏が終わるまではね」
「え?」
 大智は呆然と愛莉を見つめている。
「いやそれ、ちゃんと剣都にも言ってるのか?」
「剣都なら言わなくてもわかってるでしょ?」
「いやいや。流石に剣都でもそこまでは理解してないと思うぞ。まぁ、今年は先輩たちのチームに加わっただけだから、今回の出場は約束とは関係なしだ、みたいなことは言うかもしれんけど」
「え~、そうかな?」
 愛莉は納得がいかない様子で首を傾げる。
「いや、そうだよ。普通誰だってそう思うだろ」
「大智だけじゃない?」
「いやいやいや。他にも勘違いしてた人いるだろ」
「何処に?」
 愛莉がきょとんとした表情で訊く。
「え? それは……、え~っと……。画面の向こう側、とか?」
「はい?」
 愛莉が顔をしかめて大智を見つめる。
「もう。話はちゃんと聞いとかないと。どこに仕掛けが隠されているかわからないでしょ」
「いや~、全く全く。おっしゃる通り」
 大智はそっぽを向きながら一人頷いている。
 そんな大智の姿を、愛莉は眉を顰めながら横目で見ていた。