日曜日、快晴に恵まれ空は気持ち良く映画館へと向かっていた。
 みつみとは映画館で待ち合わせをしている。どうやら、みつみはまだ到着していないようで、この分だと空のほうが先に映画館に着きそうだ。

 日曜日の都心は賑わっていて人の流れが激しく、少し疲れてしまいそうになるが、空はそんな人込みの中を縫うようにして映画館に向かった。
 映画館についてスマホを確認すると、みつみからの連絡が入っていた。
 少し遅れるということだった。

「もう……。仕方ないなー」

 映画館のチケット窓口の傍で、みつみがくるまでの間、待ちぼうけになりそうだ。
 映画は上映しても、最初の数分間はCMや予告が入るので、少しくらい遅れても問題ないだろうが、みつみのマイペースさに、溜息が零れた。

「……」

 そんな空の様子を、上空から見下ろしている男がいた。
 言わずもがな、狗巻である。大天狗の姿をして、妖術で身を隠し、映画館の前で誰かを待っている様子の空をじぃっと観察していた。

「一体誰と待ち合わせをしてるんだ……!」

 気が気ではない狗巻は、歯痒そうに待ちぼうけを食らっている空を見つめる。
 空を待たせる相手とは、どんな男だと、怒りと嫉妬に心を燃え上がらせていて、人間の男子高校生の姿をしていた時の狗巻とはまるで別人の様相である。

「……しかし、私服姿もいいな。空め……」
 空の今日の服装は、クリーム色のシャツに膝丈のスカートを合わせていた。
 ごく普通の服装なのだが、空が着ているだけで、狗巻にはすべてが美しく、愛らしいと思えてしまう。

 思わず見惚れていると、空に駆け寄ってくる少女がいた。
 あれは確か、クラスメートの阪井みつみだったと、狗巻は思い出した。

「そうか……、女友達とか……」

 安心した狗巻は、胸をなでおろし、映画館の奥に入っていく二人を見送った。
 どうやら、杞憂だったらしい。
 せっかくなので、今日はこのまま空を眺めて過ごそうと思い至った大天狗は、映画の上映が終わるまで、そこで空が戻ってくるのを待ち続けた。

 やがて、出てきた空たちは、随分と満足した様子だった。
 嬉しそうに映画の内容を語り合っている空は、また格別に可憐だった。
 あの笑顔を、自分に向けてほしい――。そう思うが、それはあやかしと祓い屋の関係上、望めないものだ。
 高校生男子として接しても、どういうわけか、空はあまり狗巻を見てくれない。
 いつも視線を向けているのに、彼女はどこか伏し目がちで、狗巻の視線を正面から受け止めてくれないのだ。

 やがて、二人はどこかカフェで感想会でもするらしく、手ごろな場所に落ち着いて、二人で談笑を始めた。
 狗巻はもっと空の傍で、何を話しているのか気になって仕方なく、その耳をそばだてた。

「最高だったね、天使の子!」
「ほんと、もう一回みたいくらい! めちゃくちゃ真っ直ぐな恋愛で良かったよね!」

 空とみつみは、大はしゃぎで映画の感想を語り合っていた。
 かなり面白かったようだ。

「あんな恋愛してみたいなあ~」
「そうだね。あれだけ熱く恋愛したら、一生忘れられないかも」

 みつみの言葉に、空を頷いていた。
 恋愛の話だったので、狗巻もさらにその会話に耳を大きくさせる。

「ホシゾラ、気になってる人とかいるの?」
「えっ……、そりゃあ、いないこともないけど……」

 そのままトークは映画の話から、恋愛話に変わっていく。
 聞き捨てならない話に、狗巻は険しい顔をして、空を凝視していた。

(や、やはり、誰か気になっている男がいたのか……!)
 ぎぎ、と奥歯を噛みしめる狗巻は、あやかしの首魁、大天狗とは思えないほど、冷静さを欠いて、嫉妬に悶える。

「えー? ダレダレ? あたしの知ってる人?」
 みつみは、ニタリといやらしい笑みを浮かべて、空に詰め寄っていたが、空は赤い顔をして、頑なに誰かは言わない。

(くそっ、誰なんだ……! その男はッ!)

 嫉妬に燃え上がる狗巻は、その空が想いを寄せている漢を祟り殺してやりたくなった。
 まさか、それが高校生の姿に化けた自分に向けられたものだとは、微塵も考えていないらしい。

「でも、空の家って神社だし、跡取りとか欲しいんじゃない? 空一人っ子でしょ」
「う、うん。一応、由緒ある伝統を受け継いだお寺だから、多分、いつかはそういう話も出てくるかも……」

 まだ空は口うるさくは言われていないが、星家の祓い屋家業を続けていく上で、跡取りは必要になるだろう。
 もしかしたら、同じ同業者からの縁談の話なんかも来るのかもしれない。
 だが、空も十七歳の少女だ。
 多少なりとも、映画のような恋愛をしてみたいと、思うことはある。

 もし、空が、狗巻とそう言う関係になったとしたら、祖父は交際を許してくれるのだろうか、なんて考えてしまう。
 そして、隣の席の狗巻の爽やかな笑顔が浮かび、頬に紅葉を散らした。

 そんな表情をする、空を見る狗巻は、もう気が気ではない。
 本人たちは、ある意味両想いなのに、妙な関係性のために、疑似的な三角関係みたいになっている。
 もし、第三者が彼ら二人の恋模様を見ていたとしたら、その滑稽さにコメディだと笑ったことだろう。

 その時、空のスマホが着信を知らせた。
 空はすぐにそれに応答する。

「もしもし?」
「空か、仕事じゃ」
「えぇ―! 今日日曜なのに!」
 それは祖父である先代の祓い屋からの電話だった。今、祓い屋の仕事が舞い込んで来たのだ。
 せっかくの休日だというのに、あやかしが悪さをしたと報せがあれば、動かなければならないのが祓い屋だ。

「文句を言うな、すぐに戻ってこい!」
「んもぅ!」

 祖父は一方的に連絡を切る。仕方ないので、これから家に戻って祓い屋としての仕事の始まりだ。

「ゴメン、みつみ。今日はこれで解散ね!」
「うん、なんか大変だねえ。お寺の仕事って……」

 慌てて店から出ていく空に、みつみは掌をひらひらと振って見送る。
 こういうのは日常茶飯事なので、みつみは慣れていたが、空がお寺の仕事で呼び出されていると思っている。
 まさか、妖怪退治をしているなんて、考えてもみないことだ。

 狗巻もまた、そんな空を追って、表情を切り替える。
 ここからは、ライバルのあやかしと祓い屋として演じなければならない。

 狗巻は黒い翼を羽ばたかせ、天を駆けるのであった――。