「さぁ、見えてきた」


 少し前を歩く時雨がそう言い、薫がまっすぐに前を向くとそこにはとても大きな楠の木があった。それだけは子ども頃に見たまま、巨大に感じられた。
 薫はすぐに楠に駆け寄った。


 「ミキ……遅くなってごめんなさい!………そして、夢で会いに来てくれてありがとう。……私たちも会いに来たの。だから、姿を見せて欲しいの!」
 「ミキ、お願いだ………出てきてくれっ!」


 薫と時雨の声は冷たく強い風に飛ばされ、あっという間に消えてしまう。
 やはり、ミキには会えないのだろうか。
 薫と時雨はお互いに顔を見合わせて、悲しげな表情を浮かべた。
 

 「ミキ………お願い………」


 薫は楠のすぐ傍まで寄り、大きな幹に触れた。普段ならばひんやりとしているはずなのに、何故かその時は温かかった。
 薫が驚き、時雨に声を掛けようと後ろを振り返ると、その瞬間に風が楠の上から吹き抜け、薫と時雨を包んだ。
 その温かさは太陽のぬくもりによく似た、2人がよく知るものだった。


 「ミキ………」
 「来てくれたんだな」


 見えなくてもわかる。
 いつもミキが2人を待っていた、一番低い木の枝を見つめた。そこには、何もない。けど、会いたかったミキが居るのだ。

 『会いに来てくれたんだ。………でも、ごめんね。2人の夢に力を使ってしまって、今は君達の前に姿を見せる力は残っていないんだ』
 「ううん………ミキが居るってわかるよ」
 「あぁ……ありがとう、ミキ。僕たちに思い出させてくれて」


 時雨がそう言うと、ふふふっとミキの笑い声が聞こえた。
 そこ声は昔と変わらない。彼らしい澄んだ声だ。