「時雨には感謝してる。僕と薫を取り合って本気で競ってくれた事。僕はあやかしなのに、バカにしないで好きな感情を認めてくれた事。…嬉しかったんだ。感謝してる」
「………別れの言葉みたいな事、言うなよ」
「……時雨」
「俺もミキを忘れるのか?薫見たいに、もう何も覚えていられなくなるのか?そんなの嫌だ!………おまえが一人になるだろ?……忘れたくない……忘れたく、ないんだ………」
時雨はボロボロと涙をこぼした。
ミキを忘れる恐怖、そして悲しみ。一人になるミキを思っての切なさ。そんな気持ちが溢れ出てきたのだ。
そんな時雨を、ミキはとても穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。
「僕は何千も生きてる。沢山の別れがあって、沢山泣いた。もう人間と仲良くなりたくないとも思った。………でもね、君達を見てたら一緒に遊びたくなったんだ。だから、薫を助けた。……誰かを好きになるのは初めてだったよ。ずっと一緒に居たいって思えるのはとても素敵な感情だ。………この気持ちと思い出があれば、僕は平気だよ。それに、僕は君達を見守っていけるからね」
「ミキ………」
「時雨と薫の分まで、ずっと僕が覚えているよ。………時雨は薫と幸せになって、その姿を、僕に見せて」
「……………」
時雨は涙が止まらず、言葉が出ない。そんな様子を見て、ミキは苦笑した。
「時雨が薫と恋人になれるのか不安になってきたなー」
「っっ!何だよ、俺は絶対に恋人になるぞ」
「……そうだ。じゃあ薫が25歳の誕生日の時、僕が薫を貰いにいくよ。その時まで恋人になってなかったら、僕が恋人にする」
「なっ!!」
突然のミキの言葉に、時雨は驚き涙を乱暴に手で拭った。
「さぁ、早く行かないとその事も忘れてしまうよ。………お別れの時間だ」
「ミキ………待って!!」
「ありがとう、時雨。……薫といつまでも仲良くね」
ミキの体がまた靄で包まれる。そして、ゆっくりと姿が消えていった。それはミキが消えたのか、時雨がミキを見れなくなったのかはわからない。
それと当時に、時雨は記憶が曖昧になってくる。
どうして、ここにいる?
今誰と会っていた?
そう思って、からまたハッとする。
「くそっ!!」
時雨はまた走り出した。
ミキが言った言葉を書き残して置かなければいけない。25歳の誕生日にミキが会いに来る。それまでに恋人にならないと………どうなるんだ?
時雨の瞳から涙が出てくる。
けれど、何故泣いているのかわからなくなるが、途中から思い出す。
感情がぐじゃぐじゃになり、頭も混乱する。
「ミキミキミキっ……ごめん……!」
時雨は、そう呟き続けながら自宅まで走った。
そして、混乱する記憶のまま、コピー用紙にペンで文字を書こうとする。けれど、何て書けばいいのか。今、何があったのか思い出せず、時雨は頭を叩いた。
すると、どこからか楠の葉がちらりと落ちた。それを見て、ハッ!とした。一瞬だけ、ミキの事を、ミキとの約束を思い出したのだ。
「っっ!」
忘れる前にと、殴り書きで紙に『薫の25歳の誕生日 薫を守れ!』と書いた。
時雨はそれを書き終えた後、フラフラと体に力が入らなくなり、体をずるずると引きずりながらベットまで歩き、ドサッと布団に体を倒した。
「ミキ………ごめん、ごめんな………」
時雨は楠の葉を握りしめたまま、ぐっすりと眠った。
次に起きるとき、時雨はあの殴り書きのメモも、もっていた葉の事もすっかりと忘れてしまっていたのだった。