それに気づき、時雨は顔が真っ青になってきた。それから、少しずつ記憶がなくなるようになり、時雨は焦り始めた。
毎日一緒に登校している薫も普段と違う時雨の様子を見て「時雨、最近元気ないよね?体調悪いの?」と聞いてくるぐらいだった?
ミキも、それには気づいているようで、放課後に時雨が楠の木の前に現れると、ホッとした表情を見せるのだ。けれど、記憶についてミキは何も言っては来なかった。
タイムリミットは近づいている。
時雨は、毎日毎日眠るのが怖くなった。眠ってしまえばまた次の日になり、ミキを忘れてしまうのだ。大切な友達の記憶が。自分が忘れたら、ミキは一人になってしまう。
その日。時雨は嫌な予感がした。
ミキと一緒にいる時に、視界がボヤけ霧がかかったように見えたのだ。
「時雨?」
「あぁ……大丈夫だ。で、何の話してたっけ?」
「………」
ミキも時雨の異変に気づいていたのだろう。その日は笑顔を見せながらも口数は少なかった。
時雨は今夜は寝ない事に決めた。寝なければ、ミキを忘れないと思ったのだ。徹夜ぐらい出来る。ミキを忘れないためにも、今夜は寝ない。そう決めて苦手なコーヒーを飲んだり、ゲームをしたりして過ごした。
そして、太陽の光がうっすらと差し込んできた頃。時雨は寝ていないのに、自分が持っているミキの事を書いたノートが何なのかわからなかった。
けれど、何故か今、山に行かなければいけない。てっぺんにある楠の大樹の所へ行かないといけない。そう強く思ったのだ。
ミキは、ノートを持って走った。まだ、夜が明けて間もない明星の時間。人はほとんどいない。自分だけが町にいるような、そんな錯覚を覚えた。
けれど、待っていてくれる人がいる。それは誰?わからないけれど、時雨は走った。
楠が見えてきた頃。丁度朝日が登り、日の光を浴びて緑の葉っぱ達は喜んでいるかのようにキラキラと光っていた。その葉っぱを撫でて微笑む少年が居た。それを見た瞬間、時雨はまた全てを思い出した。
「ミキっ!!」
「………時雨」
いつもは来ない時間だというのに、ミキは驚かなかった。
そして、苦しそうに息をする時雨に近づき、時雨の頭を撫でた。すると、自然と呼吸が落ち着いてくる。ミキの力なのだろう。
「………時雨。君とも今日が最後だ」
その言葉は残酷だった。けれど、時雨も予感していた言葉。