そこにいたのは、同じ制服を着た、いつもちょっと派手な雰囲気の女子三人組。
確か同じクラスだったと認識している。クラスメイトにあまり興味はないけれど。
「痛いんだけど」
文句を告げると、三人組のうちの一人「は? 謝ったでしょ」と即、言い返してくる。
「わざとぶつかってきたくせに」
「当たり前でしょ。この空気女。そんな所に突っ立ってられたら邪魔なのよ」
空気女。
恐らく、私が教室で誰とも会話をしないから空気みたいな存在、ということだろう。
この三人組は、そんな私のことが特に気に入らないらしく、いつもこうして何かと突っかかってくる。
「いつもいつも三対一で絡んできて、飽きない? 私はあんた達の相手するの、疲れてきたんだけど」
「はあ? ぼっちが調子乗ってんじゃないわよ!」
リーダー格の女子がそう言いながら、私の髪を掴んできた。
頭皮ごと強く引っ張られるその感覚に思わず顔を歪めるも、右手を伸ばして軽く突き放した。
するとその女子は、その場で大袈裟に尻餅をつき、近くを通り掛かった教師にわざとらしく泣きつく。
「先生、同じクラスの橘さんが暴力を振るってきます……!」
泣きつかれた教師は「え?」と、私に怪訝な目を向ける。
残りの女子二人も、同じように教師に助けを求める。
「えーと、橘さんだっけ? 本当に暴力を振るったの?」
「……」
「……とりあえず大きな怪我はないみたいだし、今日はこれ以上は大ごとにしないようにしよう。橘さん、次に同じことをやったら、ご両親を呼ぶからね」
教師はそう言って、納得したような顔でその場から去っていく。
残された女子三人組は、教師の姿が見えなくなってからクスクスと面白おかしそうに笑う。
「先生、完全にうちらのことだけ信じてたね」
「ていうか、両親呼ぶってさ」
「呼んだって来ないのにね。ねえ、橘さん?」
……バカバカしい。
これ以上こいつらとかかわっていても、時間の無駄だ。
三人組の、気分の悪い笑い声を背中に受けながら、私は教室へと戻った。
『ていうか、両親呼ぶってさ』
『呼んだって来ないのにね』
……だったら何だって言うの。
どいつもこいつも、面倒臭い。
学校が終わり、いつも通りの時間に家に着くと、今日も今日とて、東和が拝殿の前で落ち葉の掃き掃除をしていた。
「葵、お帰りー」
そして向けられる、これまたいつも通りの挨拶と笑顔。
何だか無性に腹が立つ。
「……ふん」
いつもは、一応〝ただいま〟くらいは返すのだけれど、今日はそんな気にもなれず、ほぼ無視して自宅の方へと向かう。
自宅は、社務所から歩いて五分ほどの所にある。だだっ広い訳ではないが、じいちゃんと私が二人で住むには十分すぎる大きさの一軒家。東和が住み着いてからは、少し狭いけれど。
「おいおい、葵。どうかしたか?」
竹ぼうきを手に持って、東和が追い掛けてくる。
鬱陶しい。ついてこないでほしい。掃除をしていてくれ。
「放っといてよ」
「そうはいかない。あのじいさんから頼まれているんだ。葵は友達がいないから、葵が何かに悩んでいたら話を聞いてあげてやれって」
「は、はあ⁉︎」
余計なお世話すぎることを言われ、顔がカァッと熱くなる。
ていうかじいちゃん、あやかしのこいつなんかにそんなこと言ったの⁉︎
こいつもこいつよ。そんな言い方されて、はいそうなんですって頷く訳ないでしょ⁉︎
本当にイライラする!
すると東和は、竹箒をカランと音を立てて地面に置いたと思ったら、突然ーー
「えっ?」
私のことを、いわゆる姫抱きしてきた。
両足が宙に浮いていて、思わず不安な感覚に陥る。
離してーーと言うよりも先に、東和はその場で軽くジャンプをした。
それは、人間のジャンプとは違い、強力なトランポリンでも使っているのかというくらいに、グンッと空に近付いていく。
「きゃあぁっ!」
堪らず、大声を上げた。
東和にしがみつき、ほぼ反射的に目を瞑る。
目を瞑っていたのは数秒だろうか。
東和に抱えられたままではあるが、空を飛んでいる感覚はなくなっていることに気が付き、恐る恐る目を開けるとーーそこは拝殿の屋根の上だった。
その高さに一瞬だけ腰が引けそうになるも、すぐに目の前の景色に心奪われる。
アルプスに沈む夕日が、山々を赤く染め上げている。
市内の街並みは勿論、市から町まで跨る高原までをも一望出来る。
綺麗……と素直に思った。
「こんな景色、初めて見ただろ?」
隣に立つ、身長の高い東和の顔を見上げればムカつくほどにドヤ顔をしていて、悔しくなる。
「あ、当たり前でしょ。屋根の上に登ることなんてないもの。ていうか、拝殿の屋根に上がるなんて罰当たりでしょ! 早く降ろして!」
「うーん、そいつは出来ない相談だな」
「何でよ」
「今、葵の笑顔を初めて見たからだ」
そう言われて初めて、自分の頬が完全に緩んでいたことに気付く。
じいちゃん以外の人に笑顔を見せるなんてもう何年もなかったのに、こんな出会ったばかりの、しかもあやかしに見せることになるなんて、不覚。
「まあ、とりあえず座れよ」
何であんたに命令されなきゃいけないのよ、と思いつつ、景色があまりに綺麗だから、私は東和と一緒にその場にいったん腰をおろした。
「千年も存在していると、それはもう色んなものを見てきた」
赤い景色を一望しながら、東和が口を開く。
「目に見える景色はどんどん移り変わるし、人間が住む家も、そこで暮らす人間も、どんどん変わっていく。今は城に住んでる人間はいなければ、姫もいないからな。それでも、変わらない景色ってのはあるもんだ」
「何が言いたい?」
「まあ、あれだ。今とは全然違うんだろうが、その頃から子供は学校に通ってたんだよ。学校がどんなものなのかはよく知らんが、俺が見てきた子供は皆、笑顔で学校に通ってたぞ。でも、葵が笑顔で学校から帰ってきたところ、一度も見たことがないなと」
急に何を話し出すのかと思えば、カウンセリングかっての。
じいちゃんとの約束だか何だか知らないけど、庭の掃除したり、私の話し相手になったり、まるで人間以上に妙に律儀なところがイライラする。
それでも、綺麗な景色を見せてもらっているお陰なのか、そのイライラがすぐに口から飛び出すことはなかった。
私が話し相手になってもらっているんじゃない、私があんたの話し相手になってやってるんだ、とは思いながらも、私もゆっくりと話を始める。
「学校なんてつまらないもの。じいちゃんがうるさいから通ってはいるけど、嫌々通ってるだけ。友達もいないし、笑顔で帰ってくるなんてとんでもない話だわ」
「友達がいない? なぜ?」
「だって私、こんな性格だし。隠してる訳じゃないから言うけど、私、両親に捨てられてるの。理由は知らないけど、生まれてすぐにこの神社の前に捨てられていたみたい。だから、あのじいちゃんとは血が繋がってない」
そうなのか、と東和は答える。
東和の視線の先は相変わらず景色に向けられていて、私の話に興味があるのかないのか分からない。
でも、下手に同情されたり興味を持たれるよりは、その方が有り難かった。
「じいちゃんのことは好きよ。育ててくれて感謝してるし、大事な家族だと思ってる。でも、血の繋がった両親にすら愛されずに育った私が、じいちゃん以外の周りの人間を大切にするなんて無理。私、誰ともかかわらなくても生きていけるし」
私が話を終えると、東和はやっぱり「うん」と一つ頷くのみで、踏み込んではこない。
しかし。
「親に愛されなかったというのは、俺も同じだ」
急に、そんなことを言ってきたから、
「どういうこと?」
と反応せずにはいられなかった。