実家が神社のせいかどうかは知らないけれど、物心ついた頃から〝普通の人には見えないもの〟というやつが私には見えていた。
それは、本来この世には存在しない。この世に命を持たない。
妖と呼ばれるものなのだと、じいちゃんがいつだったか教えてくれた。
今日のお客さんは、犬が三匹、猫が一匹。
学校が終わり帰宅すると、うちの神社の鳥居にはいつもこうして動物が集まっている。
何て微笑ましい光景なのだろう、と動物愛好家の人間が聞いたら羨ましがるかもしれない。
でも、そんな良いものじゃない。
私は、決して動物が嫌いな訳ではない。寧ろ、じいちゃん以外の人間と喋るのは面倒だし煩わしいため、それに比べたら動物と戯れていた方が百倍マシだ。
しかし、うちへ集まる動物達は、決まってあやかしだ。
こいつらは、死んだ動物が成仏出来ず、この世であやかしへと姿を変えたものたち。
あやかし放っておくと、人間に取り憑き、陥れ、命さえ奪うこともある。
とは言えじいちゃん曰く、見た目が生前と何ら変わらないこいつらの様な妖にはそこまでの力はなく、放っておけばいいとのこと。
……放っておくどころか、じいちゃんは時々こいつらに食べ物を与え、ペットのように可愛がっている。
どういう訳だか、うちの神社の鳥居にはこういったあやかしが集まりやすい。
そのため、人間に害を及ぼす可能性がありそうな危険なあやかしが存在していないか、帰りがけに毎日確認するよう、じいちゃんから言われている。
そんなあやかしは、十七年間の今までの人生でとりあえずは見たことがない。
発見したところで、じいちゃんに報告する前に襲われてしまいそうな気もする。
私は、あやかしの姿は見えるけれど、じいちゃんと違ってそれを退治する力はないからだ。
危険なあやかしに遭遇し、餌となり、死ぬ。
そうなったら、私も成仏出来ずにこの辺りを彷徨うのだろうか?
……いや、私だったら〝死んでラッキー〟とか思って、あっさりあの世に行くかも。
あの世の方が楽しければ、それこそラッキーだ。
……そんなことを考えてながら辺りをパトロールしていた、その時だった。
「……えっ?」
人が倒れていた。
いや、人間じゃない。
人間の男に近い姿をしているけれど、これはあやかしだ。〝気〟で分かる。
それによく見ると、こいつの黒髪からは犬のような黒い耳、お尻からは同じく黒い尻尾が生えている。
身長は百七十……いや、百八十センチはありそうで、なかなかでかい。
黒のTシャツに、紺のジーンズ……足は裸足だが、人間と何ら変わらない服装を見に纏っている。
もしかして、これはじいちゃんが言っていた、人間に害を及ぼすあやかし?
倒れているし、今のうちにじいちゃんを呼んでこようか。
そう考えながらゆっくりと後退りをした、その時。
「う……」
あやかしが、目を覚ましたのかゆっくりと起き上がる。
そして、上半身を起こしたそいつは、自分の今いる居場所を確認するかのように辺りを見渡し……そして、視界に私の姿を捉えた。
そいつは意外にも、端正な顔立ちをしていた。
人間で言うと、二十歳くらいの外見をしていて、長い前髪から覗く切れ長の瞳が、私をじっと見つめ続ける。
ーーもしかして、私殺される?
さすがに身構えたりはしたのだが、そいつは私を見つめながらゆっくりと口を開いた。
「……空腹だ」
……はい?
よく意味が分からなかったが……文字通り、お腹が空いているのだろうか?
ってことは、私、やっぱり食べられてしまう?
しかしあやかしは、再びその場に倒れ込み……というか寝転がり、落ち葉を布団代わりにするかのように、ぐうぐうと勝手に寝始めた。
何なんだ、こいつは?
その後、じいちゃんを呼んできて、判断をじいちゃんに任せることにした。
すると、なんと。とりあえず拝殿の方まで運ぶと言うのだ。
今年七十一歳になるじいちゃんでは、身長も体重も人間の男性並みにありそうなこのあやかしを担ぐことは出来ず、私とじいちゃんと二人がかりでずるずると引きずっていくことになった。
何で私がこんなことをしなくてはいけない!
鳥居を潜り、拝殿まで運ぶと、あやかしは「じいさん、腹が減った」と、再び空腹を訴える。
それならばと、再びあやかしを担ぎ、社務所まで連れていった。
八畳一間の、普段は客室用に使っている部屋にあやかしを座らせる。
「ちょっと待っていなさい」と言って、社務所内の簡易キッチンへ向かったじいちゃんは、いびつに握られたおにぎりが乗った皿を持って、部屋へ戻ってきた。