「んん!んんー!」
ここはどこだろう?確か、旦那様と部屋に行く途中、口に、布が当てられたところまでは覚えているんだけど…。
「お、起きたかい?嬢さん。」
後ろから声がするけれど、縛られて後ろが向けない。窓から月の明かりが見える。今は夜なのだろう。さっきまで朝だったのに…眠らされていたのだろうか。
身をよじらせ、なんとか後ろを振り返る。逆光でシルエットしか分からない。でも、なんか…。
「今、口の布取るから。」
そう言ってその男の子らしき声が私の口を封じていた布を取り外した。
「大丈夫?苦しくない?」
「はい。」
私は冷静だった。このシルエット。獣のような耳が生えているらしい。と言うことは、旦那様関係なんだろう。使用人も何故だかたくさんいるし。旦那様が働いてるとこ、みたことないのにね。旦那様が何か隠していてもおかしくない。
「ここはどこですか?」
私がそう言うと彼は
「君をさらった旅館の裏だよ。ちょっと困らせたいだけだから、そんなに遠くまで運ばなかったんだ。」
そっか。だから。
「だから、旦那様がいらっしゃるのですね?」
「…え?」
彼は困惑していた。私が何を言っているのかが分からないようだ。
けれど、自分の影と重なった影に気がついて、後ろを振り返った。
「やあ。こんばんは、琴音。」
「はい、旦那様。」
私はにっこりと微笑んで見せた。旦那様がそれに答えて笑ってくれたかは分からないけれど。
「おい、お前。」
「は、ハイっ。」
彼は恐れたような声をしている。やはり旦那様は相当恐れられる立場なのだろうか?
なんとか弁明しようと彼が口を開く。
「あ、あのー…。」
「あ?」
旦那様は相当怒っていらっしゃるみたいだ。ここは、妻として私がなだめないと!私は無事だったんだから。
「旦那様。彼は旦那様の部下ですか?」
「ん?ああ。そうだな。たった今まで、こいつは俺の部下だった。」
クビで済むのかしら、彼。
「旦那様、どうか優しい罰をお与えくださいね?私、関わってしまった生き物が辛い目に合うなんて耐えられなくて…。」
私が俯きながら叶いそうにそう言うと、旦那様は少し悩んでから
「琴音がそう言うなら、何もしないでおこうか?」
と言った。嬉しかった。誰かが私の意見を聞いてくれたのは初めてだったから。その初めてが、旦那様で嬉しかったのだ。
「まあ、旦那様。それほど嬉しいことはないですわ!私の誕生日プレゼントですわね?」
私はにっこり笑ってそう言った。本心から嬉しかったのだ。
「それに、かっこいい旦那様がみれて私、幸せですわ!私のピンチに、助けに来てくださったんですもの!」
旦那様に縄を切ってもらいながら私は続けた。月の明かりで旦那様の顔が見える。旦那様の顔は、なんだかポカーンとしていた。何かあったのだろうか?
「かっこいいと言ってもらえて嬉しいが…いや、まずは部屋に戻ろう。」
そう言って私達は部屋に戻ることになった。なんだか、一瞬の出来事だったな。