その横から、あかねは草餅に手を伸ばす。
 この季節限定の餅は、鼻に抜ける蓬の薫りが爽やかだ。翡翠色の鮮やかなもちっとした皮に、ほっこりつぶ餡が包まれている。
 ふたつ目にあーんと口を開けたところでアッと声がした。

「なんじゃ、邪魔をするでない」

 半分ほどをくわえたまま、口を動かし文句を言う。

「ダメじゃないか。それは、お稲荷さまへのお供え物なんだよ」

 信吉が注意するも、当然のごとくあかねは気にしない。残りの餅も、きれいに食べてしまった。

「あーあ。酷いなぁ」

 信吉が、怒っているような呆れたような声を出す。

「のう、信吉や。お千代は元気だと言っていたが、源造はどこか悪いのかえ?」
「え、うちの親方のことかい? とくに具合が悪いとは聞いていないけれども。どうしてそんなことを聞くんだい?」
「うむ。餡がな、違うのじゃ」
「餡子がなんだって?」

 信吉の顔が、みるみる間に曇っていく。
 背中を丸めた信吉は、拝殿横にある一本杉の根元にドスンと腰を下ろして、はぁーっと溜め息をついた。

「どうしたのじゃ?」

 あかねは、正面にしゃがみこんで顔を覗く。長い前髪のすき間から、切れ長の目がみえたが、瞳はどんよりと暗い色を湛えていた。

「こんな子どもにまでわかっちゃうなんて、やっぱりダメなんだなぁ」
「――妾は子どもではないぞ」

 小さな口をつんと尖らすと、信吉はハハハと力なく笑う。

「そっか。ごめん、ごめん」

 あかねはおかっぱ頭を、大きな手でぐりぐりとなで回されてビックリした。

「な、なにをするんじゃ!」

 ぼさぼさに乱れた頭を両手で押さえて、顔を真っ赤にさせる。
 必死に黒髪を手櫛で直している姿を、信吉がにこやかにみていた。

「ちびっこくても、女の子なんだなぁ」
「おぬし、いちいち無礼であるぞ」

 あかねの瞳が細くなって、だんだん剣呑な目つきになっていく。
 急に信吉はぞくっと背筋に寒気を覚えた。ぶるりと震えて首を傾げる。

「あれ、どうしたんだろう。こんなに良いお天気なのに」

 作務衣の衿を詰め腕をさする仕草に、あかねは呆れた。守狐が発する霊気に気づかぬとは、なんとまぁ鈍い奴じゃ。

「コン。それよりも、餡じゃ。早く教えろ」
「ああ、餡子のことだったね。たいしておもしろい話でないけど、聞いてくれるのかい?」
「だから、早う申せと言っておる」

 急かすあかねに、信吉は気まずそうに白状した。