少女は、拝殿の前で長いこと手を合わせていた青年を思い出した。

「あの優男か」
「近頃は、ああいった粋な雰囲気の顔が流行りなんだそうですよ。あたしが、あともう少し若かったら放っておかないんですけどねえ」

 年甲斐もなく、ふふふと頬を染める。

「お千代は十分に若いぞ。まだ古希も迎えておらんのじゃろう」
「あらまあ。嬉しいことをおっしゃる。そりゃあ、あかねさまに比べたら、酒屋のご隠居だってひよっこですわ」

 千代は、去年卒寿を迎えた老爺を引き合いに出した。
  
「左之助も最近はとんと顔を見せぬが、息災そうでなによりじゃ」

 うんうんと頷いて、あかねは嬉しそうに饅頭に食らいつく。
 しっとりと白い皮の中ほどに歯を立てると、割れ目から茶褐色のこし餡が顔を出した。
 口に入った分をもぐもぐゴクンと飲み込んでから、不思議そうに小首を傾げる。

「松乃屋は店主が替わったのか? 身体でも悪くしておるのだろうか?」
「いいえぇ。源さんは元気ですよ。若い衆を怒鳴り散らして、いつも娘さんに叱られています。源造さんがどうかしました?」
「いや。それならよいのだ」

 あかねは残りの半分も、小さな疑問と一緒に飲み下した。

 掃除道具を片付けた千代が、小さな包みを差し出す。

「いつも同じもので申し訳ありませんが」
「おぉ。度々、すまぬな。ありがたいぞ」

 あかねは両手で受け取って、懐に入れる。

「せがれもようやく、うまく揚げられるようになってきました」
「そうか。それは良かったのぅ」

 跡継ぎの成長を誇らしげ報告して、それではまた、と千代は帰っていった。


 懐の包みを取り出してそっと開ける。
 中身は、お馴染みの油揚げが二枚。
 それをみて、あかねは複雑な笑みを浮かべる。

「お千代よ。じつは(わらわ)、お揚げよりがんものほうが好きなのじゃ」

 独りごちて、ぱくりと油揚げを丸呑みした。