あともう少しで鳥居を越えるというところで、あかねが立ち止まる。
 その視線の先を辿った信吉は目を疑った。

「お嬢さん……?」

 鶯色の地に花輪模様の小紋を着た、松乃屋の長女、八重がこちらへゆっくりと向ってきていたのだ。
 八重も信吉を見つけて、驚いたようだった。

「信吉さんがどうしてこんなところに」
「八重お嬢さんこそ、どんな御用事で?」

 尋ねられて、八重は境内に視線を巡らす。

「澄江がここで待っているそうなのだけど。見かけませんでしたか」
「澄江お嬢さんが? さぁ、僕が来たときにはいらっしゃいませんでしたけど」

 ふたりして辺りをぐるぐると見回すが、澄江の姿は見つからない。
 すると突然、あかねが信吉の手を引っ張って言い出した。

「信吉よ。すまぬが、妾は氷屋へ行けぬのじゃ」
「どうしたんだい、いきなり」

 八重が、ここで初めて信吉の傍らに立つあかねに気がついたようで、小首を傾げている。

「妾は、鳥居の向こうへゆくことができぬのよ。すっかり忘れておったわ」
「なんだって?」
「信吉さん、この子はいったい……」

 不審がるふたりに、あかねは一方的に続けた。

「そうじゃ!妾の代わりにこの娘を連れて行ってはもらえぬか。せっかくの機会じゃ。ゆっくり食べてくるが良いぞ」

 うんうんと、ひとりうなずいて勝手に決めてしまう。
 さあさあと、ふたりの背中を押して、鳥居の外へと出してしまった。