源造の前に、ぼた餅がのった皿が置かれた。
 信吉が、小豆選びから一人っきりで作ったものだ。その手順のひとつひとつにも、源造が目を光らせていた。

「ふん。見た目だけは一人前だな」

 松乃屋の面々の様々な思いのこもった視線が、ぼた餅に注がれる。
 源造のごつい手が皿を持ち、ためつすがめつして見てから、餅を慎重に摘まんだ。
 一同が固唾を呑んで見守る中、源造の口にぼた餅が運ばれる。
 源造がゴクンと飲み込むと、なぜか皆の喉も同じように動いた。
 信吉は、前掛けを握りしめ立ったままで、祈るように源造の動向を見つめている。
 皿を置くコツンという音に、緊張が走った。
 指に付いた餡子を舐めり、源造がおもむろに腕を組む。

「いろいろと試していたようだな。すぐに音を上げるかと思っていたが、この三年、おまえはよくやった」

 視線の先には、四隅がへたった帳面がある。

「じゃあ」

 信吉の表情が明るくなり、周りの張り詰めた空気が緩んだ。

「――だが、これではまだまだ松乃屋の味とは言えんな」
「親方っ!」
「父さん!?」

 源造の言葉に、周囲から非難めいた声が次々と上がる。
 それをうるさそうに眉をひそめてやり過ごすと、源造はすっかり顔色を失っている信吉に向き合った。

「俺と同じ味が出せるようになるまで、少なくともあと十年はかかるだろうな。遠慮なくしごくが、逃げられると思うなよ」

 信吉は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
 次の瞬間、背中を強い衝撃が襲った。仲間が、背中を思いっきり平手打ちしたのだ。

「良かったな! 合格だってよ」
「おやっさんも、紛らわしい言いかたするんじゃねえよ」
「うん。これはこれで、うまいですよ」

 残りのぼた餅を頬張った正が、口の周りを餡子だらけにしている。
 それを合図に、次から次へとぼた餅が皆の腹の中に消えていった。
 やっと状況を飲み込んだ信吉が豆絞りを取り去り、がばっと頭を下げた。

「ありがとうございますっ! これからも一生懸命がんばりますんで、よろしくお願いします」

 作業場中に響き渡る声に顔をしかめ、源造がちくりと刺す。

「とりあえず、そのうっとうしい髪をなんとかしてこいっ!」

 今度は、明るい笑い声で場が満たされていった。