『惟子、今は戻してやる。でも、お前が22歳になった時、また迎えに行く。俺の嫁として』
その無茶苦茶な提案に、惟子は驚いて目を見開いた。
『嫁!え?そんな私まだ14ですよ!』
『だから時間をやると言っている。そうでなければお前はいまからあそこに行くしかないな』
その言葉と同時にしまっていた襖がするすると音もなく開いた。
(え……なにこれ?)
目の前に見えたのは、一面に広がる広大な空で、まるで空中にこの場所が浮いているよう、いや浮いているのだ。
すぐそばに雲が見え、空の色は赤く、何やら鳥のような、でも形は人間のようなものが飛んでいて、そこら中に家や城のようなものが点在している。
木も、森も店もあるのはわかるが、明らかに惟子の知る世界ではなかった。
そしてはるか向こう、サトリが指をさすところに明らかに色の違う、真っ黒の崖のようになった場所が見えた。
『あそこって?』
『惟子からみれば我々あやかしのいる世界が異界、隠り世で、惟子の住む世界が現世がそしてあの場所がその狭間とでも言っておこうか。あそこは邪悪な魔物が住む世界」
その言葉にゾッとして惟子は背中に冷たい汗が流れ落ちる。
『そこへ行くか?』
静かに、静かに響くその言葉に惟子はごくりと唾を飲み込んだ。
『行きたくないです』
呟くように言った惟子に、サトリはその小箱を開けると七色に光る石が付いたネックレスを惟子にはめた。
『これは契約のあかしだ』
その言葉と共に惟子はまた、真っ暗な闇へと落ちていく。
そして次に目を開けた時には、泣きじゃくる祖母の顔だった。
惟子は14にして、あやかしの婚約者になったのだ。
その夢ではない証に、惟子の胸には七色に輝く意思が光っていた。