扉をあけようとする九蘭に、惟子は背中に冷たい汗が流れ落ちるのがわかった。
この間の恐ろしい雰囲気と、何とも言えない不気味さが脳裏をよぎる。

「お絹、お前は何もしなくていい。とりあえず頭をさげていろよ」
弥勒の言葉に惟子は小さく頷いた。

大きな扉が音もなく開くと、目の前に祭壇のような階段がありその上に王様が座るような椅子があった。
黒蓮の右腕とは聞いていたが、まるでこの一颯が王であるような部屋だった。

「よくきたな」
ゾクリとするほどの妖艶さと、色気すら感じる声が聞こえたと思ったと同時に、まるで重力が何十倍になったかのような気がした。

身体が重く、ガタガタと身体が震える。

「名前はなんだった?」
「お絹と申します」
なぜか楽しそうな声がして、惟子はなんとか言葉を発した。

「お絹……ね」
一気にその場の温度が下がったような気がして、惟子は息を止めた。

(なに? その言い方? ばれているの?)

今までとは段違いの妖力と得体のしれない力に、惟子はガタガタと震える自分を止めることができなかった。

「お絹、ごくろうだな。お前の料理はうまいな」
コロコロと笑い声を上げながら、大きなもっていた扇子で自分を扇ぐ。

「ありがとうございます」
惟子はなんとか頭を下げたまま答えると、一颯は咳払いを一つした。
それが合図だったかのように、九蘭が惟子の方へと歩み寄る。

「褒美を頂けるそうよ。こっちの部屋へきてちょうだい」
「褒美?」
そんなものは必要はない。早くこの場からさりたい。
そんなことを言えるわけもなく、惟子は顔をあげた。

「向こうの部屋で待っていて」
九蘭が指したのは、祭壇の左奥にみえる普通サイズの扉だった。

「早く行け!」
今まで黙り込んでいた弥勒の偉そうな声に、惟子はむしろ少し落ち着くことができ言われた通り、その扉へとむかった。

「お絹、これからも頼んだよ」
先ほどとは違い、女の人かと思うような一颯の声に、惟子は返事をすることができなかった。


その扉を一人で通ると言うことは、惟子にとって勇気のいることだった。
どうしていままで一緒だった九蘭たちはこないのだろう?
そう思い少しだけ振り返ると、九蘭たちはじっと惟子に視線を送っていた。

本当にただ褒美をもらえるだけなのかもしれない、その準備があるからその部屋で待てと言う事かもしれない。

そう自分に言い聞かせると、惟子はそのいたって普通の扉に手をかけた。