「光明のお嫁様?」

聞きなれない言葉に、今度は惟子が首を傾げた。

「そう呼ばれているのよ。光にも闇にもなる絶大な力を持つお嫁様」

「なにか凄そうね……」
メデューサのような頭がたくさんありそうな、怖いあやかしを想像して惟子は身震いをした。

「そうなの。その獣のようなお嫁様が下にいて、その世話をさせられてるんじゃないかって噂も……」

そこまで言うと、風花は「シッ」と言って口を閉じた。

前から歩いてきたのは、惟子にここの仕事をすすめた弥勒ともう一人眼光のするどい紫の長い髪が印象的な男だった。

風花は下げて弥勒を迎えている。周りを見ればまわりのあやかし達も頭をさげているのがわかった。

「お絹、ほら頭を下げて」
小声でささやかれ、惟子も慌ててそれにならった。

「おお、女。きちんときたな」
しかし通りすがりに、弥勒は惟子を見ると機嫌よく声を掛けた。

「弥勒このものは?」
ゾクリとするような、低い声が惟子の耳に響きドクンと大きく心臓が跳ねた。

何かわからないが、恐怖すら感じるその気配に惟子はさらに顔を隠すように頭を下げた。

「一颯イブキ様」
一颯に問われた弥勒は頭を下げると、言葉を続けた。

「このものは、この間あの一颯様の指示で西都に行ったときに、大変美味しい料理を作れたのでうちの厨房で雇う事にしたものです」
得意げに言った弥勒に、一颯はチラリと惟子を見た。そう思った瞬間ドンと惟子の身体が重力に引っ張られるように重くなった。

(何これ!!)

膝をつきそうになるのを何とか耐えていると、周りにいたあやかし達がバタバタと倒れたり膝をつくのが分かった。

「風花!」
もちろん風花も例外ではなく、倒れ込んだ体を惟子は支えた。


「弥勒、あまり軽々しく我の名前をいうものではない」
怒気を含んだ声だったが、表情を一切変えることなく一颯は弥勒をみていた。

「申し訳ございません。お許しを」
さすが上級あやかしなのだろう、弥勒は倒れることはなかったが、顔は真っ青になりガタガタと震えながら膝をついていた。

(このあやかしなんて力なの)

「今回だけだ」
一颯がそう言ってすぐ、さっきまでの重さがなくなり惟子は大きく息を吐いた。

「娘……」
一颯は通り過ぎる瞬間、風花と座り込んでいた惟子の横でピタリと足を止めた。

「……はい」
声が震えるのが自分でもわかったが、どうしようもなかった。

「期待しているぞ」
少しだけ微笑んだような気がしたが、それがまた恐怖でしかなかった。

上へ向かう階段に一颯達が消えたのが解ると、その場は一気に緊張が解けたのがわかった。


「なんでこんなところに一颯様が……」
半分意識もうろうになっていた風花が、ようやく正気をとりもだしたのだろう。
訳が分からないと言った感じで、頭を振っていた。

「あの人は?」

「黒蓮様の右腕、ぬらりひょんの一颯様。少しでもお怒りになれば、私達みたいな下っ端あやかしは一瞬で消えてなくなるわ」
なんと怖い事をいうのだろう。
惟子は先ほど味わった恐怖を思い出して身震いをした。

「でも本当にお姿なんて見ることはないのよ。一瞬目を疑ったわ。あの紫の髪をみて」

その後、なんとか風花に店の場所や、公共浴場などいろいろな場所を案内をしてもらったが、さっきの一颯の気配が消えることはなかった。