惟子が言い終わるタイミングで九蘭はパチリと指を鳴らした。

そうするとしばらくして、激しい風と共に牛車なのだろうか?いや、一般的に惟子が知っているとは違う顔が二つにわかれた牛にひかれた乗り物が現れた。

それはたぶん昔みた飛んでいた乗り物だと思い出すのに、惟子は数秒かかったと思う。
「乗って」
九蘭にそうは言われたものの、これが空を飛ぶことも信じられなかったし、顔が二つに分かれた牛は鼻息荒く惟子を睨みつける。

目の前でみるそれは、迫力があり高所恐怖症の惟子としては恐怖を覚えた。

「これが飛ぶのよね?」

つい零れ落ちた言葉に、九蘭は怪訝な表情を浮かべた。
いまさら何をいっているのだろう?そう言いたげな表情だったが、それは当たり前なのことだ。惟子はそう思うと覚悟を決めて屋根もない、座席に乗り込む。

見かけだけならサンタののるソリと同じような造りだが、引いているものも、本当に飛ぶことも惟子の中ではありえない事だ。

ごくりと唾液を飲みこみ、キュッと目をつむる。
フワリと飛行機のような浮遊感が惟子を包んだと思った瞬間、急激に上昇するが見なくてもわかる。

必須に悲鳴を上げないようにしていると、ぴたりとその感覚はなくなり安定した。

そろりと目を開けると目の前には先ほどのまでの景色はなく、薄赤い空が広がっていた。

「飛んでる……」
「あたりまえでしょ? さあこれで妖都まで一気にいくわよ」
楽し気に隣でキセルをふかしながら、余裕の表情で足を組む九蘭に惟子は小さく息を吐いた。

下を見なければ、車に乗っている様な不思議な感覚で惟子はようやく息をつくことができた。

「ねえ。私はどんなことをするのかしら?」
下を見ないように、惟子は九蘭に問いかけた。

「ああ、あんたは厨房ってきいているわ」
「どこで? 弥勒様のご自宅とかかしら」

「弥勒様……ね」
小首をかしげて聞いた惟子に、九蘭はなにやら含みを持たせたような言い方をした。

「その言い方、何かきになるのだけど。違うの?」

「もっと楽しい所よ。弥勒なんかじゃなくね」
〝弥勒”そう呼び捨てに出来るほどの九蘭は身分なのだ。そう確信し、惟子は九蘭をチラリと盗み見る。

どうしてそんな上級あやかしが、下っ端の下積みのあやかしを迎えにきたのだろう?
もしかして、身分を知られている?
惟子はそんなことも頭を過り、キュッと唇を噛んだ。

改めて妖都に行くということは、敵陣に乗り込む事であり、今まではうまく事が運んでいると思っていたが、自分が行くことは危険なことではないのか?
ここまできて、ようやくそう思うなんて、私はなんておめでたいのだろう。

そうは思っても、もう引き返すことはできない。

惟子は自分自身を奮い立たせると、気合を入れなおした。

どれぐらい移動したのだろう。すごく長く感じたがほんの数十分かもしれない。

目の前に現れたのは、サトリのおさめる西都とは違い、中国を彷彿させるような鮮やかな赤を基調にした建物が並んでいた。
赤い提灯には見慣れない文字が書かれており、それがいくつもぶら下がっている。
真っ赤な門には金色で「妖都中王」と書かれていた。

「ここって妖王様がおさめる王宮じゃないの?」

これまで聞いた話からも、この国の中心であり、王が住む場所ぐらいきらびやかで豪華絢爛なその建物を呆然と惟子は見上げた。


「妖王様がいらっしゃる王宮はもっと大きいわよ。ここは黒蓮様のご自宅よ」
「ご自宅?」
黒蓮という名前に嫌な汗が流れ落ち、小さく返事をした惟子だったが、そんな様子に気づくことなく九蘭は気だるげに頷いた。

「自宅と言っても、黒蓮様はここで仕事もされるているし、たくさんのあやかしがここで働いているわ。あんたはその中でみんなの料理をつくるのよ」

社員食堂のようなものなのだろうか……。
そう思い、惟子は頭を巡らせる。

今まで聞いた話を統合すると、この国は妖王と時期妖王である黒蓮が収める妖都があり、その下に東西南北の都市がある。
その一つの西都を収めるのがサトリであり、その他の場所にも強く上級のあやかしが収めているらしい。


黒蓮は自宅で仕事をし、用事があるときは王宮へ出向くと言うことなのだろう。
そして、てんから聞いた話から、妖王と黒蓮はうまくいっておらず、サトリを時期妖王にと推す声も上がっている。そんな複雑な状況なのかもしれない。

簡単に状況を頭で整理すると、惟子はそのきらびやかな門に足を踏み入れた。