「てんちゃん!!」
目の前で惟子をかばうように立ちはだかったてんに、驚いて惟子は目を見開いた。
今まで、狐なのか、犬なのか、なんなのかわからなかったが、今は大きなしっぽが惟子を守るように揺れていた。
まぎれもなく、狐の姿であるてんを啞然として惟子は見上げた。

「ゆいちゃん、どのみち潮時だったみたいだ。僕の結界も限界に近い……」
そう言いながら、毛を逆立てて放つてんの光がこの店一帯を包み込んでいるのが、惟子の目にもはっきりと分かった。

「てんちゃん……こうやって私を守ってくれていたの?」
静かに言った言葉に、てんは「はっ!」と空を見上げて声を上げると、その光は少しずつ薄れて行った。

「とりあえずは大丈夫そうだな。でももう時間の問題だ」
独り言のように言ったてんは、くるりと惟子をみた。

「ゆいちゃん、この姿でも大丈夫?もとに戻ると今の力を維持できそうにないんだ」
少し不安げに見えたてんは、大きくなってもいつも惟子の周りにいたてんと何ら変わることなく、惟子はギュッとてんに抱き着いた。

「あたりまえじゃない。どんな姿でもてんちゃんはてんちゃんよ。今まで守ってくれてありがとう」
ふわりと微笑んでてんを見つめると、嬉しそうにてんはパタパタとしっぽを振った。
「それにしても、このしっぽ気持ちがいいわね」
そのしっぽを手を伸ばして触れながら惟子はくすくすと笑い声をあげた。
「この状況でも動じないゆいちゃんは、さすがサトリ様のお嫁様だよ」
その言葉に惟子はギュッと目を閉じた後、てんを見上げた。

「てんちゃんが守ってくれていたって事は、もう私はその争いごとに、無縁ではいられないって事よね? 私は特別なんでしょ?」
なんとなく、もうすでにその渦中にいるのだろうと言うことは予想がついた。

「そうだね。だからこそサトリ様はゆいちゃんを、隠世には連れて行きたくなかったんだよ。危険だから」
サトリが惟子を頑なにあちらの世界に行かせなかった訳を知り、惟子は胸が痛む。
サトリにしても、てんにしても、自分がもてなしていたつもりだったが、守られていたことを思い知った。

「でも、ここも危険なのよね、それならばどこにいても同じよ」


惟子は自分に言い聞かせるように言うと、てんの返事を待たず2階へ上がる。そして持っている一番大きいスーツケースに手当たり次第自分の荷物を放り込んだ。

これがあやかしの世界で必要なのかも、よくわからなかったが、何も持たずに行くこともないだろう。
そう思うと、重たいスーツケースを持って、てんのもとへと戻った。

「ねえ、てんちゃん、あと少しだけ時間は大丈夫?」
惟子は柔らかく微笑むとエプロンを手にした。