「すごい天気ね……なにか嫌な空の色だし」
その赤とも紫とも黒ともいえない空を眺めながら、惟子は自分の肩をギュッと抱きしめた。

「てん」
静かな声とともにサトリが立ち上がり、惟子の方へと歩み寄る。

「サトリさん?」
先ほどよりはっきりのサトリの瞳は赤く光り、空気がピリピリと張りつめたのがわかった。

「俺が先に行く。お前はここで」
いつもの優しい口調ではなく、サトリの力強く低い声に、今まで無邪気に食事をしていたてんは、いつの間にかサトリの足元で頭を下げていた。

「てんちゃん……」
そんな初めて見るてんを啞然として惟子は見つめる。

「御意、覚李様。くれぐれもお気をつけて」
初めて聞くだろう、大人のようなてんの声に惟子は驚いて二人を交互に見つめた。

「惟子、少し行ってくる。お前は何も心配するな」
フワリといつものように笑ってあの扉に戻ろうとするサトリを、なぜか惟子は引き留めた。

「サトリさん……」
不安げな惟子の表情に、サトリはそっと惟子の頬に触れた。
「大丈夫だ。てんが守るから」
「てんちゃんが?」
そっと足元を見ると、てんがいつもの表情ではなく、真剣なまなざしを惟子に向けていた。

「でも……サトリさん、私もそっちには行けないの?」
「それはできない。惟子はここで俺を待ってろ」
それだけを言うと、サトリの手の温もりが惟子から離れる。
そしててんだけを残して、今まで食べていたあやかし達は一斉にサトリの後ろに控えていた。

その光景に只ならぬ事態と判断した惟子は、唇を噛んだあと覚悟を決めた。

(これでも私はあやかしの妻)

「旦那様。お気をつけて」

惟子は姿勢を正した後、ギュッと手を握りしめ頭を下げる。
初めて味わうこの緊迫した空気に、惟子の心臓は今にも破裂しそうな程、音を立てていた。

でも、これがサトリの妻になった自分の使命だと思い、惟子はジッとサトリを見つめた。

まだまだあやかしとの結婚生活は続く。
惟子は覚悟を新たにした。