ふいに男は、ファイルから一枚の写真を撮りだした。

汚く変色した女の遺体写真だ。

それがどうした。

間違いは、修正されるべきだ。

「彼女の真の幸せや救いは、どこにあったんでしょうかね」

「自殺幇助を主張するには、傷跡に無理がありますよ」

「俺はそんなことを言っているんじゃありませんよ」

話しの分からない奴だ。

俺はいつもこういう連中に、イライラさせられる。

「もっと本質的な話しをしているんですけどね」

これだから警察官は、信用ならないんだ。

自分の検挙率を上げることに夢中で、本当に事件と向き合おうとしない。

何が原因でこういう事件が起こったのか、どうして彼女のような人間が生まれたのか。

そういったことを究明していかなければ、根本的な解決など、永遠にみないのに。

そもそも、なぜ警察や関係機関は、犯罪者の経歴を発表しないのだろう。

別に俺は、個人を特定して糾弾したいと思っているんじゃない。

凶悪犯罪者の生い立ちにどのような傾向があるのか、生活環境の共通点は? 

事件を起こすきっかけとなるような動機を、もっと科学的に分析し、それを世間一般に公表すべきだ。

それは差別に繋がるなんて、そんなことじゃない。

冷静に分析し、観察することで事件を未然に防ぐ。

もっとマクロな視点で語っているのだ。

そして犯罪予備軍に、事前に支援の手を差し伸べる。

それが公共の利益というものだろう。

それが分からない奴らが多すぎる。

AIの活用や、ビッグデータなんて言ってるわりには、どうしてそういう所に活用しようとしないのだろう。

それはもう、行政の怠慢としかいいようがない。

大人になってからでは遅い。

子どもの頃から適切な環境下で、正しい知識をもった人間が教育していくことが、俺はこの国の将来のためだと思う。

さらには、この警官の言動にもみられるように、現代における国語読解力の低下は、本当に目に余る。

まともに会話が成立していないじゃないか。

俺の話を理解出来ていない。

理系科目ばかりがもてはやされて、文系科目がなおざりにされてきた結果だ。

俺はそんな世間の風潮に対して、本気で異議を唱えたい。

「彼女は俺に助けを求めた。だから俺はそれに応えた。そこに問題がありますか?」

部屋の扉をノックする音が聞こえる。

もう一人の職員らしき男が入ってきて、目の前の男に何かを渡した。

彼はため息をつく。

「先生、もう一つ、大切なことを忘れていませんか?」

「なにがです?」

財布も携帯も、職員室に置いてきた。

それを『忘れ物』とは言わない。

「あなたのご両親は、いまどちらにいらっしゃいます?」

ほらきた。

そうやってすぐに話しをそらす。

彼は俺がした前の質問に答えていない。

それはまさに、この事件の本質を捉えた問題だからだ。

その問いに対する答えを、彼には答えられない。

答える意思もなければ、そんな考察をしたこともないような人間だからだ。

話しにならない。