きっかけは、明後日行われる身嗜み検査にある。
全校集会のあと、学年ごとに女子と男子別々で一列に並ばされ、学年部の先生に頭から足の先までチェックされるのだ。
女子で見られるところといえば、スカートの長さは適切か、ピアスは空いていないか、爪はきちんと整えられているか、学校指定のインナーを着ているか、などあげるとキリがない。
男女共通して一番厳しいのが頭髪。
染髪していないかは勿論、女子であれば髪の長い人は切るか結ぶか。男子は否応なしに散髪させられる。その上、ツーブロックや刈り上げも禁止。ここは軍隊かなにかか、と一部の生徒から声が上がるけれど、本当にその通りだと思う。
大体の先生はサラッと流し見、ちょっと長いくらいは見逃してくれるのだけれど、今回の検査は鬼と知られる体育教師の松本先生らしくみんな怯えている。
それは例に漏れず私もそう、友人からの指摘にうめき声をあげながら机に顔を埋めていた。
「…やっぱり怪しいよね」
「怪しいよ。前髪キケンだよ。止めるか切るかしないと居残りさせられるよ。指摘受けたら切るまで毎日監視されてさ、おっそろしいことになる」
向かい合わせにした机の反対側でのんきにパンを齧るのは中村美里(なかむら みさと)。高校に入ってから友達になった。ちょっと大雑把なところがあるものの、その豪快さが心地いい気の良い女の子。
バレー部に入っている彼女はさっぱりとしたショートカットで前髪もオン眉。そもそもバレー部が厳しいので指摘されるところが全くない。
「とめるのやだ、デコ出しやだ、でも切りに行くお金ない」
「自分で切るのは、あー、ないよねえ」
なにを思い出したのか苦笑いをする。まあ検討はつくけど。
「あの時は本当に手元が狂って…」
「わかるよ、わかるわかる。でもね、あの見事なまでのアシンメトリーをわたしは一生忘れないよ」
確かに、先月自分で切った時はわざとかと思うくらい前髪が斜めになって、わたしの顔を見るなり美里は腹がよじれるほど笑っていた。
そのことを思い出すと自分で切ろうなどという思いはなくなっていく。
「マスキングテープで印つけて真っ直ぐ切るのってどうなのかな。さすがに曲がらなそうじゃない?」
「逆に難しそう!なんならわたしが切ってあげようか」
美里が本気半分でちょきちょきと鋏のジェスチャーをする。
その瞬間、先日授業の一環として行われたテディベア作りで彼女の手によって誕生した熊でも犬でもネズミでもない丸い耳が二つだけついた謎の生き物を思い出し、ぞっとした。あの気の毒な物体に関しては、わたしだって一生忘れないつもりだ。
「いい。大丈夫。それだけは大丈夫」
と言ってもだ、うちの家系はてんで不器用で母に頼むにも父に頼むにもまともな仕上がりになる気がしない。本人達もそれを自覚しているのでわたしの髪は幼稚園の頃から母の行きつけの美容室で切ってもらっている。
お小遣いの前借りも考えたけど、今月お小遣いは三日前もらって、一瞬で好きなアイドルグループのグッズに溶かしたばかり。
ここで追加のお小遣いなんてお願いしたらお金の使い方に厳しい母は間違いなく怒って、最悪基本金を減額されかねない。
全校集会のあと、学年ごとに女子と男子別々で一列に並ばされ、学年部の先生に頭から足の先までチェックされるのだ。
女子で見られるところといえば、スカートの長さは適切か、ピアスは空いていないか、爪はきちんと整えられているか、学校指定のインナーを着ているか、などあげるとキリがない。
男女共通して一番厳しいのが頭髪。
染髪していないかは勿論、女子であれば髪の長い人は切るか結ぶか。男子は否応なしに散髪させられる。その上、ツーブロックや刈り上げも禁止。ここは軍隊かなにかか、と一部の生徒から声が上がるけれど、本当にその通りだと思う。
大体の先生はサラッと流し見、ちょっと長いくらいは見逃してくれるのだけれど、今回の検査は鬼と知られる体育教師の松本先生らしくみんな怯えている。
それは例に漏れず私もそう、友人からの指摘にうめき声をあげながら机に顔を埋めていた。
「…やっぱり怪しいよね」
「怪しいよ。前髪キケンだよ。止めるか切るかしないと居残りさせられるよ。指摘受けたら切るまで毎日監視されてさ、おっそろしいことになる」
向かい合わせにした机の反対側でのんきにパンを齧るのは中村美里(なかむら みさと)。高校に入ってから友達になった。ちょっと大雑把なところがあるものの、その豪快さが心地いい気の良い女の子。
バレー部に入っている彼女はさっぱりとしたショートカットで前髪もオン眉。そもそもバレー部が厳しいので指摘されるところが全くない。
「とめるのやだ、デコ出しやだ、でも切りに行くお金ない」
「自分で切るのは、あー、ないよねえ」
なにを思い出したのか苦笑いをする。まあ検討はつくけど。
「あの時は本当に手元が狂って…」
「わかるよ、わかるわかる。でもね、あの見事なまでのアシンメトリーをわたしは一生忘れないよ」
確かに、先月自分で切った時はわざとかと思うくらい前髪が斜めになって、わたしの顔を見るなり美里は腹がよじれるほど笑っていた。
そのことを思い出すと自分で切ろうなどという思いはなくなっていく。
「マスキングテープで印つけて真っ直ぐ切るのってどうなのかな。さすがに曲がらなそうじゃない?」
「逆に難しそう!なんならわたしが切ってあげようか」
美里が本気半分でちょきちょきと鋏のジェスチャーをする。
その瞬間、先日授業の一環として行われたテディベア作りで彼女の手によって誕生した熊でも犬でもネズミでもない丸い耳が二つだけついた謎の生き物を思い出し、ぞっとした。あの気の毒な物体に関しては、わたしだって一生忘れないつもりだ。
「いい。大丈夫。それだけは大丈夫」
と言ってもだ、うちの家系はてんで不器用で母に頼むにも父に頼むにもまともな仕上がりになる気がしない。本人達もそれを自覚しているのでわたしの髪は幼稚園の頃から母の行きつけの美容室で切ってもらっている。
お小遣いの前借りも考えたけど、今月お小遣いは三日前もらって、一瞬で好きなアイドルグループのグッズに溶かしたばかり。
ここで追加のお小遣いなんてお願いしたらお金の使い方に厳しい母は間違いなく怒って、最悪基本金を減額されかねない。