ある日曜日、俺は池袋にいた。
 職探しをしつつ、生活費のために日払いのバイトをすることにしたのだ。
今日の仕事は、ティッシュ配り。大きなダンボール箱に入ったポケットティッシュを道ゆく人に配って、箱が空っぽになったら終了。

だけどなかなか貰ってもらえなくて、配り始めてから二時間、いっこうに中身は減らなかった。
 そろそろ休憩しようかと思いながら配り続けていると、髪の長い女性が歩道で頭を抱えるようにして、うずくまっているのが目に入った。

 具合が悪いのかと思い、彼女の方へ駆け寄って声をかけた。

「あの、大丈夫ですか?」

 女性は地面に突っ伏し、頭を押さえたままくぐもった声で答える。

「頭が……頭が痛いの」
「頭痛ですか? 我慢できないくらい痛いようなら、救急車を呼びますよ」

 彼女はしばらく黙って、それから低い声で答える。

「……首も痛いの」
「首? どこかぶつけたんですか?」

 女性が勢いよく立ち上がった瞬間、彼女の首が、ごろっと地面に転がり落ちた。

「ひっ!」

 俺は驚いて目を見開く。
 この後に及んで、俺はまだ救急車を呼んだ方がいいのかどうか迷っていた。もしかしたら事故か何かで頭が取れてしまったのではないかと、バカなことを考えたのだ。

 しかし地面に落ちた女の顔は俺をじっと見て、にやりと笑って言った。

「私の頭、落ちてしまったの。あなたの頭を、ちょうだい」

 あ、これ人間じゃないやつだ。

「うぎゃああああああああああ!」

 理解したのと同時に悲鳴を上げ、一目散に走って逃げる。恐ろしいことに、首なし女は俺の後ろについてくる。
 しかも走るのがめちゃくちゃ速い!

「おかしいだろ、頭がないから前が見えないはずなのに、何でそんなに足が速いんだよ!」

 半分泣きそうになりながら後ろを確認すると、女の身体だけでなく、その隣で女の首もゴロゴロと転がって、こちらを追いかけてきているのに気づいてしまった。
 声にならない悲鳴が口から漏れる。

 必死に走る俺は、楽しげに友人と歩いている若い女性やキャッチセールス中の男性にばんばんぶつかってしまう。彼らは俺に追突され、不満を口にしたり舌打ちしたりする。だが、謝っている余裕はない。
 というかこれだけ人がたくさんいるのに、どうして俺ばかりを追いかけてくるんだ!

 全力疾走している俺を見て、不思議そうに振り返る人までいる。そうか、あの女の姿は、俺にしか見えていないのかもしれない。
 そのうえ女が仲間を呼んだのか、俺を追ってくる幽霊の数は、どんどん増えていく。いつの間にか五、六体くらいの霊が、俺のことを追いかけていた。