◇ ◇ ◇

 再び目を開くと、俺と榊原は事務所の一室に戻っていた。
 蝋燭の火は、すべて消えている。

 窓の外からは、真新しい朝陽が差し込んでいた。太陽の光は、すべてを塗り替えるように美しかった。
 ようやく、長い夜が明けたのだ。

 榊原は俺が持っていた懐中時計に優しく触れ、慈(いつく)しむように言った。

「志波に急に幽霊が見えるようになったんは、爺さんが時計にかけた守護の術が、亡くなったことで弱くなっていったからやったんやな」
「守護の術?」

 そういえば、爺ちゃんもそんなことを言っていた。この時計には、俺の知らない秘密があるのだろうか?

「おそらくやけどな……」

 榊原は爪先で、カリカリと懐中時計の蓋に触れる。
 すると蓋が開いて、二枚に分かれた。今までに見たこともない時計の姿に、俺は大声で抗議する。

「あーーっ! 壊した! 俺の大事な時計、壊した!」
「うっさいなぁ、ちゃうわ。最初っから二重蓋やったんや。ずっと持ってて気づかんかったんか?」

 そして蓋の内側を見て、榊原は目を細める。

「やっぱりここや。彫(ほ)りが入ってるな」

 確認すると、確かに二重になって隠れていた蓋の裏に、漢字のような記号のような、不思議な文字がハッキリと刻まれている。

「爺ちゃんが言ってた俺を守るための守護の術って、これのことだったのか」

 その文字をまじまじと見つめ、あることに気づいて息を呑んだ。
 守護の術と共に刻印された、ざらざらとした文字を、親指でなぞる。その文字をよく見たいのに、勝手に視界がぼやけた。

〝24. July. 1996〟

「この日付……俺の誕生日だ」

 榊原が優しい声で言った。

「あぁ、そうか。その時計を買ったん、お前の誕生日やって言うてたもんな」
「うん」

 俺は時を刻み続ける時計をじっと眺め、それからぎゅっと握りしめた。
 もっと早く、気がつけばよかった。俺はこんなにも大切に思われていたんだ。

「爺ちゃん、自分が死んだ後も俺のことが心配で、俺のことを守ろうとして、現れていてくれたんだな。榊原、爺ちゃんは……?」
「大丈夫や。お前が心配でこの世に留まっとったけど、無事に成仏したみたいや」