『お前の父さんだって、お前を大学に行かせるつもりだったんだ。この家で暮らしている間は、言うことを聞きなさい!』
 父のことを持ち出すのは卑怯だ。そう思ったのを憶えている。
 この話は何度もしたが、何回説得しても平行線で、祖父は一歩も譲る気がなさそうだった。

『分かった、大学を卒業するまではこの家にいる。でも、就職が決まったらすぐに出ていくから』
『……それでいい』

 俺は立ち上がり、大声で捨て台詞を吐く。

『もう全部うんざりだ。この家にいると、息が詰まるよ! 爺ちゃんは、俺のこと邪魔だと思ってるんだろ!? 俺だって、こんな家ずっと出ていきたかった! いっそあの事件の時、父さんと母さんの代わりに、俺が死ねばよかったんだ!』

 それを聞いた祖父は立ち上がり、俺の頬を平手で打った。
 俺は唇を噛みしめ、激しく襖を閉めて出ていった。

 俺が部屋を出ていった後、祖父は頼りない足どりで立ち上がり、父と母の遺影の前に座った。こうして見ると、ずいぶん祖父の背中が小さくなったことに気づく。

 祖父は、掠(かす)れた小さな声で話す。

『私は、二人の愛し方を間違ってしまったんだろうか。あの子たちのためならどれだけ憎まれてもかまわないと思っていたけれど、もう少し、明良と鈴芽が穏やかに暮らせる方法を選べばよかったな』

 悲しげな表情で目を伏せている祖父を見て、俺の胸は後悔でいっぱいになる。



 気がつくと、過去の俺たちは姿を消し、俺と榊原は真っ暗な空間に佇んでいた。
 俺たちの前に、ふわふわと小さな光が舞っている。
 目を凝らすと、そこに祖父が立っているのが見えた。

 ――いや、違う。
 祖父はこの時計と一緒に、ずっと俺の側にいたのだ。
 祖父は相変わらず、怒ったような顔で俺を見ている。けれど時計の記憶を辿った俺はもう、彼が怒っているのではないことが分かる。

「爺ちゃん……ずっと俺のことを、見守ってくれていたんだね。自分が死んだ後も」

 そう言葉にすると、祖父はゆっくりと頷く。

「……分かんないよ。何も言わないんだもん」

 それを聞いた祖父は、少しだけ口角を上げた。

「爺ちゃん、俺、何も知らなかったんだ。爺ちゃんは俺のことを、恨んでいたんだと思ってた」

 そう告げながら、涙が頬を伝っていくのが分かる。