しかも祖父が俺の高校と大学の学費も出し渋ったため、俺は奨学金とアルバイトで学費をまかなわなければならなかった。

 祖父はいつも不機嫌そうにしていて、必要最低限のことしか喋(しゃべ)らなかった。
 俺と鈴芽は、祖父がまともに笑った顔を見たことがない。

 俺たちきょうだいは、いつも祖父の顔色をうかがっていたように思う。祖父がいる部屋では俺も鈴芽も他愛ない話をするのにさえ気を遣って、自分の家なのに、居心地の悪さを感じていた。俺は早くこの家を出て、鈴芽と二人で暮らしたかった。

 大学の卒業が間近に迫った、二月の終わり。就職も決まったし、早々に引っ越してこれからは鈴芽と二人でのびのびと暮らそう。そう考えていた矢先の出来事だった。

 ある朝目覚めたら、祖父が布団の中で静かに息を引き取っていたのだ。七十五歳、脳梗塞による急死だった。
 あまりに突然の出来事に、俺も鈴芽も呆然としてしまった。
 自分勝手で暴君のように振る舞って、挙句、こんなに呆気なく死んでしまうなんて。

 祖父が亡くなって悲しんだかと言うと、正直清々した。長年の息苦しさから、やっと解放されるのだと思った。
 ちっとも祖父の死を悲しめない自分に、ほんの少し嫌悪感を抱いた。

 けれどたまに祖父が見せる、何か言いたそうな、怒ったような視線が、どうしても苦手だった。
 祖父のことを思い出すほどに、苦々しい記憶ばかりが募る。
 俺は祖父を憎んでいたし、祖父もきっと、俺のことが嫌いだったのだろう。
 どうしても、俺のことを許せなかったのだ。

 あんな事件があったから――。


 俺は居間の壁にもたれて座り込み、古い懐中時計を胸ポケットから取り出した。悩んだり考え事をしたりする時は、ついこの時計を眺めてしまう。

「ほんとにどうしようかな、これから……」

 懐中時計なんて、今時珍しいだろう。この時計は俺が十歳の時に、生前の父から貰ったものだ。

 少しくすんでいるが、金色で風防ガラスを保護する上蓋がついている。ガラス越しに、カチカチと音を立てながらさまざまな歯車が精密に噛み合って動いている様は、飽きずにいつまでも見ていられる。

 幼い頃は、父が大切にしているこの金色に輝く懐中時計が、羨ましくて仕方なかった。

 時々時刻がずれるし手巻きなので自分で時間を調整しないといけないが、その分愛着がある。俺は今は亡き父と共に時間を刻んできたこの時計を、大切に思っていた。この時計を見ながら仕事をしていた父の後ろ姿が懐かしいなと思ったが、感傷に浸っている場合ではない。

 生活するのには、先立つものがいる。鈴芽もこれから中学、高校と進学するにつれて学費がかかってくる。俺は深い溜め息と共に呟いた。

「早く新しい仕事、探さないとな」

 この時の俺は、これ以上どん底に落ちようがないと、思っていた。
 しかし真の災難は、これだけで終わらなかった。