俺はそれを分かっているのに、何もできない。
父と母が殺されたのは、俺のせいだ。この時のことを、ずっと後悔し続けていた。
俺があの男に、祖父が骨董品を集めていることを教えてしまったから、事件が起こったのだ。
それなのに、どうして俺は何もできないんだ!
今、あいつは目の前にいるのに。
怒りと恐怖でカタカタと震える手を、冷たくて細い指がそっと包んだ。
俺はハッとして榊原の方を見る。
「見たくないものは見んでええ、自分自身を傷つけることはない」
彼の声を聞いて、俺は目蓋を閉じた。
けれどどんなに目を伏せても、視線をそらしても、頭の中にこびりついているあの光景を一生忘れることはできない。
事件が起こった日、祖父は町内会の旅行に行っていた。家にいるのは両親と、俺と鈴芽の四人だった。
その日も、いつもと同じような一日で終わるはずだった。
夕飯を食べ、風呂に入った後寝室の布団に並んで、家族四人で眠っていた。
深夜、最初にその異変に気づいたのは父だった。
父は布団からむくりと身体を起こし、警戒するように耳を澄ませた。
隣で眠っていた母は、不思議そうに父に声をかける。
『あなた、どうしたの?』
父は険しい表情で声をひそめて呟いた。
『……いや、家のどこかで物音が聞こえたんだ』
母は枕元の時計を確認する。
『物音? お義父さんが帰ってきたのかしら? でも、夜中の三時だし……』
『様子を見てくる。何かあったら、すぐに逃げられるようにしておいてくれ』
『でも、危ないわ。私も……』
両親の緊迫した雰囲気に、それまで眠っていた俺も目を覚まし、母に問いかける。
『お母さんどうしたの? まだ朝じゃないよ……』
『えぇ、そうね』
母は俺のことを抱きしめ、俺の横で眠っていた鈴芽を抱き上げる。赤ちゃんの鈴芽は、すやすやと幸せそうに眠っていた。
やがて少し離れた部屋から、父が何かを叫ぶ声が聞こえた。
俺たちはびくりと肩をすくませる。
何を言っているのかは分からないが、あんなに怒った父の声を聞いたのは初めてだった。
ガラスの食器が割れ、物が倒れるような音も聞こえる。様子がおかしい。誰かと争っているようだ。
母は動揺し、父を助けに行こうと起き上がる。
不安になった俺は、母の手をつかんだ。
『お母さん、どうしてお父さんあんなに怒ってるの?』
母は一瞬迷った表情になり、それから小さな鈴芽を俺に預ける。
『明良、念のために窓から外に出て、鈴芽と一緒に物置に隠れていなさい』
『え、でも、暗いし、靴もないし……』
母は少しぎこちない笑顔で俺の頭を撫でる。
『大丈夫よ。かくれんぼみたいなものだから。お母さんが呼ぶまで、絶対に出てこないで、二人で隠れていてほしいの。怖くないからね。分かった?』