そう思ったが、祖父は一瞬だけ目を細め、驚くほど優しい表情で微笑んだ。
『明良、よく生まれてきてくれたな』
あんなに優しく笑う祖父なんて、一度も見たことがない。
目の前の光景が信じられなかった。
祖父は俺のことを憎んでいるはずだ。俺だって、祖父のことなんて大嫌いだ。
ずっとそう思っていた。けれど、本当に昔からそうだっただろうか?
抱いている相手が変わったのに気づいたのか、赤ん坊はまた大声で泣き出した。
祖父は慌てて俺を母の手に戻す。
それから時間が少し飛び、周囲は夜になった。
気がつくと、祖父と父が縁(えん)側(がわ)に並んで座っている。
『この時計を、お前にやろう』
祖父はそう言って、懐中時計を父に渡した。今も俺が大切にしている、あの懐中時計だった。
『父さん、これは?』
父は不思議そうに、祖父から時計を受け取る。
『明良の誕生祝いだ。この時計が、お前たち家族の時を刻む、大切なものになってほしいという願いを込めてな、骨董品店で探してきたんだ。これなら、守護の術をかける触媒(しょくばい)にちょうどいいと思ってな。明良が大きくなるまでは、お前が持っていてくれ』
祖父は早口でまくし立てる。
それを聞いた父は、可笑しそうに笑った。
『何だか回りくどいなぁ』
『何だと!?』
『いや、ありがとう。大切にするよ』
父は嬉しそうにその時計を眺める。
祖父は父に向かって、話を続けた。
『特に志波家の男は、へんなのに憑かれやすいからな。災いから身を守れるように、お前にこの時計を託す』
『あぁ、父さんは少しだけ、退魔の力があるんだよね』
『うむ、もう何百年も前のことだが、先祖が鬼を祓う仕事をしていたらしいな。そのせいか、志波の家系には時々私のように、霊感の強い人間が生まれてくる』
父は苦笑しながら言った。
『俺は幽霊が見えるだけで、祓ったりするのはからっきしだからな。子供の頃はへんなのに追いかけられて、よく泣いていたよね。明良はそうならないといいけど』
『私が近くにいる間は、なるべく明良に害が及ばないように守る。だが、いつまでも近くにいられるわけじゃないからな』
それを聞いた榊原が、ポツリと呟いた。
「どうやら志波が霊を引き寄せやすいのは、家系なんやな」
俺は幸せそうな祖父と父の姿を見つめながら言った。
「……俺、全然知らなかった。この時計、ずっと父さんのものだと思っていたから。
もともと、爺ちゃんが俺の誕生祝いに買ってくれたんだな。この時計に込められた思いも、爺ちゃんの気持ちも、父さんの小さい頃のことも……、何も知らなかった」
すると今まで怒ってばかりいた榊原は、目を細めて優しい声で言った。
「爺さんも、口下手な人やったんやろ。不器用で、自分の気持ちを言葉で伝えるのが、苦手だったのかもしれん。
でもこうやって見ていると、言葉がなくても爺さんの思いは伝わるな?」
俺は胸がぎゅっと苦しくなるのを感じた。
そのとおりだった。今ならどんなに怒った顔をしていても、祖父が俺のことを大切にしてくれているのが、痛いくらいに分かる。