◇ ◇ ◇


「……あれ?」

 さっきまでは榊原の事務所の和室にいたはずなのに、気がつくと、俺と榊原は外に立っていた。
 しかもここは、俺の家の前にある通り道だ。

 でも、少し様子がおかしい。俺の家だけれど、俺の家じゃない、という妙な違和感がある。ハッキリ何が違うと言い切れるわけでもないが、まるで間違い探しのように、確かに違うところがあるのだ。

「あれ? 何で? どうして俺たち、家の前にいるんだ?」

 榊原は落ち着いた様子で答える。

「ここは、この時計の持ち主の記憶や。どうやら俺らに、何かを見せたいようやな」

 俺はきょとんとした。
 時計の持ち主? ということは、父の記憶だろうか。

 俺は自分の家をまじまじと眺めた。
 よく見ると、建物が今より新しく、綺麗だということに気づく。
 俺がここに来た瞬間違和感を抱いたのは、この家と町並みが過去のものだったからだろう。

 しばらく考えていると、五十代くらいの男性が家から出てきた。

「え……これって、もしかして若い頃の爺ちゃん?」

 怒ったような顔つきが、祖父によく似ていた。いや……、これは、祖父だ。
 俺にはすっかり年老いた祖父の記憶しかなかったが、若い祖父は亡くなった俺の父に瓜(うり)二つで、少しぎょっとした。

「そうやな。若い頃の志波の爺さんやろな。俺らの姿は幻のようなもんで、向こうには見えてへん」
「でも、時計の持ち主の記憶なんだよな? どうして爺ちゃんが……」

 様子を見ていると、家の中から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
 俺は祖父の後を追って、家の中に入った。

 若い夫婦が、生まれたての赤ん坊を抱っこしていた。
 ――父と母だ。
 ずっと前に死んだ父と母の姿を見て、胸がじわりと熱くなる。彼らは幸せそうに、泣いている赤ん坊をあやしていた。

「あの赤ちゃんは、志波やな」
「何か、昔の自分を見られるのってちょっと恥ずかしいな」

 二人の様子を見ているだけで、自分が両親にかわいがられていたことがよく分かる。

『お義父さんも、抱っこしてあげてください』

 母にそう言われ、祖父は少しぎこちない手つきで俺を抱き上げた。

『……ふむ』

 祖父はいつもの怒ったような顔つきで、赤ん坊の顔をじっと見る。やっぱり子供は嫌いなんだろうか。