正確な時間は分からないが、この部屋に入ってから一時間は経っただろうか。
しかもその間、ずっと抱きしめられたままだ。
「これ、いつまでやるんだ?」
遠慮しながら問いかけると、すぐ近くで榊原の声が聞こえた。
「一晩中や」
耳元で囁かれ、榊原の白くて細い指が、艶めかしく俺の背中をつ、となぞっていく。
正体の知れない震えが、ぞくりと腹のあたりを走っていった。
俺の顔を見て、榊原がケタケタと笑う。
「なっ……!」
「何赤くなってんねん、スケベ」
「べっ別に、赤くなってない! 暑いだけだから!」
悔しいことに、榊原と一緒にいると、ドキドキしてしまう。周囲に蝋燭があるし、暑いのも本当だ。
しかし仕事とはいえ、知らない人間をずっと抱きしめて術を使い続けるなんて、骨が折れる作業だろう。
「陰陽師って、いつもこんな風にお祓いをするの?」
「まぁ俺は独自の術を使ってるから、正式な陰陽師とは微妙に違うんやけどな」
術が一段落したのか、榊原はぽつぽつと世間話を始めた。
「陰陽師っていうたらやっぱり安倍晴明が有名やけど、『宇治拾遺(うじしゅうい)物語』にも今の状況と似たような話があるんや」
「宇治拾遺物語?」
「そや。昔、若い貴族の男に烏の糞がかかったんや」
「災難だな」
まるで不幸続きの俺みたいだ。
「せやけど安倍清明は一流の陰陽師やから、それだけで異変を感じ取って、その烏が陰陽師の強い呪いだと気づいたんや」
「へぇ……」
「清明は若者に、このままではそのうち呪い殺されると言い、気の毒に思って、その貴族を抱きしめて、一晩中身固めの術をかけたんや。清明のおかげで貴族の男は救われて、無事解決や」
そう話し終えると、榊原は時折何かの気配を見ながら、また呪文を唱え続ける。
平安時代の人がどんな暮らしを送っていたかはよく分からないけれど、安倍晴明が懸命にその貴族を守ろうとした気持ちと、榊原が俺のためにこうやって頑張ってくれている気持ちは同じものだろう。
それはどれだけ時が経とうとも、きっと変わらないものだ。