榊原の眉間に皺(しわ)が寄る。美男が怒ると、それだけで迫力がある。
「時計売らへんのやったら代わりに家売るか、内臓売るか、俺の下僕になるか、三択しかないわなぁ」
そんな最低な三択、聞いたことがない。一生聞かないまま人生を終えたかった。
「それか、妹がおるんやったら、妹ちゃんに五〇〇〇万円、出してもらおうかな?」
妹という単語を聞いた瞬間、血の気が引く。
「妹にまで集る気なのか!?」
「当たり前やん、家族は連帯責任負うもんやろ。大きな買い物する時って、連帯保証人になるやん。
俺は仕事した分の料金と落とし前だけは、どんな手使ってでも、絶対に回収するから、覚えときや」
榊原の目は、本気だった。
どう考えても、まっとうな人間の言いぐさではない。
「待っ、待ってくれ!」
俺は榊原の腕をぐっとつかむ。
榊原は宝石のような瞳で、じいっと俺を見た。
それだけで、もうどんな抵抗をしてもこの男には一生勝てない気がする。
俺は歯を食いしばり、観念して絞り出すように言った。
「……分かった、ここで……働く」
榊原は勝ち誇ったように目を細める。
「偉そうやなぁ?」
「働きたい。働かせてください、榊原……さん、あなたのところで」
その言葉を聞いた榊原は、天使のように微笑んだ。
「男に二言はないわな? せいぜい俺のために、一生懸命働いてもらうで」
そう楽しげに笑う榊原を見て、頭がクラクラした。
榊原は俺の肩をポンポンと叩く。
「大丈夫や、大船に乗ったつもりで任しとき。きちんと給料は払うから。
まぁそれと同じスピードで利息がついて、借金が増えていくんやけどな」
さらっとやばい台詞(せりふ)を付け加える。これ、もしかして一生解放されないやつでは?
どんな鬼よりも、悪魔よりも、借金取りよりもこの陰陽師の方がよっぽど性悪なんじゃないか。
どうやら、大変な男に捕まってしまったようだ。