「その、壺を割ったことについては申し訳ないと思ってます。……もしかしてその壺、高価なものなんですか?」
榊原は壁にダンッと手を突いて、俺の逃げ場をなくし、あくまで静かに責める。人生初の壁ドンがこんなのなんて、嫌だなぁ。
「この壺はな、美術館にあってもおかしくない代物や。高価どころの騒ぎちゃうんやわ。さて、どう落とし前つけてもらおうかなぁ」
固まっていると、部屋の向こうから誰かがケラケラと笑いながら近づいてきた。
しかしえらく小さな人だ。俺たちの膝くらいの背丈しかない。子供にしたって、いくらなんでも小さい。
「ありゃりゃ、先生、もしかして本性出してしまったんですかー? 珍しいですなー。いつもお客さんの前では丁寧なのに」
楽しげな声でそう喋ったのは、なんとキツネだった。
しかも二足歩行で、服まで着ている。藍色の着物姿だ。
キツネは、とてもかわいらしかった。もふもふの尻尾を携え、ちょこちょことこちらに歩み寄ってきた。
「キキキ、キツネが喋ってる!」
俺が驚愕しながらそう言うと、榊原はくだらないというように吐き捨てる。
「そいつは俺の式神や。式神っていうんは、陰陽師が使役(しえき)する鬼神や」
「えっ、鬼? 神? キツネじゃなくて?」
「そこら辺説明すると長くなるから、とりあえずお手伝いさんやと思っとけばええわ。せやから喋るくらいする」
飼い主(?)と違い、キツネはとても礼儀正しくお辞儀をする。
「初めまして、榊原先生の式神のもなかですー。よろしく頼んます」
「あっ、電話の人」
もなかの独特の声を聞き、ここに電話した時のことを思い出す。
「あっ、そうどすそうどす。うちが電話番なんよ、分かってくれて嬉しいわー」
もなかは俺に向かってそっと手を差し出した。握手、かな。
俺はドキドキしながら、もなかの手をそっと握り返す。黄金色の毛は、ふわふわしていてやわらかい。それに肉球がぷにぷにだ。本当にキツネなんだ。
俺がもなかとの握手を楽しんでいると、後ろから怖い人が顔を覗き込んでくる。
「そんなにキツネが好きなら、動物園で暮らしたらどうや? シバコロ、とにかく壺をどうすんや? この壺なぁ、年代物やから五〇〇〇万円くらいすんねん」
五〇〇〇万円という金額に、頭が真っ白になる。
「うっ嘘だ、そうやって俺を騙そうとしてるんだ! 大体そんな大切な壺なら、裸のまま置いておかないでケースに入れるとかしまっとけばいいのに!」
「お前なんか騙してどうすんねん。あと責任転嫁すんなや。耳揃えてちゃんと返せや」
「いや、もちろん返すつもりだけど……五〇〇〇万円って、本当に? 少し負けてもらえたりしない?」
金額が大きすぎて、現実感がちっとも湧かない。
榊原は紫色の瞳をキラキラ輝かせ、にこやかに微笑む。
やっぱり笑うと榊原はとびきり綺麗で、ぐっと言葉に詰まった。しかし今の榊原の背後には、性悪オーラが漂っていた。
「お前、俺の大切な壺割ったよなぁ?」
「それは、」
「割ったよな?」
「割りました」
有無を言わせぬ口調だ。