「うん……、それは何となく分かった、かな」
「で、五行説は気を〝木・火・土・金・水〟の五つの元素に分類し、その働きによって万物が生じるって説やな。
例えば身体やったら、眼・舌・口・鼻・耳の五つ。感情やったら怒・喜・思・悲・恐。色やったら、青・赤・黄・白・黒や。
難しく考えんでも、青やったら落ち着くとか、赤やったらやる気が出るとか、そういう漠然としたイメージはあるやろ?」
「はい、黄色だったら明るいとか?」
「あぁ、基本はそんな感じや。その陰陽五行説の考えに基づいて、陰陽師は遥か昔から、さまざまなことをしてきた。
例えば先読みの術を用いて将来を鑑定したり、吉日や吉方(えほう)、家相(かそう)を読んだりな」
「吉日……。今も、入籍するには大安とか、そういうのありますよね。何か、占い師みたいだ」
榊原は静かに頷いた。
「そうや、占術も陰陽師の仕事の一つや。昔は天文学の研究をして、暦を作成したりもした」
「へぇ……」
「そしてもう一つの役割は、結界や式神を用いて、人々に災いをもたらすもの――つまり、鬼を退治することや」
鬼という言葉に、いつも見る幽霊を思い出して、少し背筋が伸びる。
「難しかったか?」
「難しいけど、ほんの少しだけ、分かった気がします」
榊原は真剣な顔つきで問いかけた。
「まぁ、御託(ごたく)はええわ。本題に入るか。どんなことで困っとるんや? と言っても、大体見当はついとるけど」
「あの日以来、しょっちゅうへんなのに追いかけられるんです」
「この間の、女みたいなやつやな?」
「そうです。あれって、一体何なんですか?」
榊原は眉を寄せ、考えるような表情になる。真面目な顔も美形だ。
「一般的には、幽霊、悪霊。そう呼ばれているもんやな。
負の感情を抱いて死んだ人間は、やがて悪霊になる。この世への未練、嫉(そね)みや恨み。
悪霊の強い思いは、周囲を巻き込み、生きている人間にも災厄(さいやく)をもたらす。幽霊が見えるんは、昔からやないんか?」
「ああいうのを見たのは、あの日が初めてで」
「なるほど。じゃあ最近、年代物を貰ったり、購入したりせんかったか? 古いもの、大切にされているものには、特に人の情念が残りやすい」
思考を巡らせたが、それらしいものは思い浮かばなかった。
「いや、特に思い当たるようなことは……」
そう言ってから、もしかしてと思い、俺はずっと身につけている父の懐中時計を差し出した。
「これ、子供の頃から持っているものだから、違うかもしれないけど……。もし物が原因だとしたら、思い当たるのはこれかなって」
「ちょっと見せてもらうで」
俺は素直に父の懐中時計を榊原に手渡した。
榊原は目を細め、感心したように溜め息を漏らす。