セラミックの激うま恐竜レシピ



「はい! 本日はお日柄も良く、正に『恐竜の卵を使った創作お菓子コンテスト』に相応しい日となりました。一体どんな珍しくて美味しいお菓子が飛び出してくるのか……本当に今から楽しみで興奮しております。そうそう、司会は私こと、横山が務めさせて頂きます」

 “まねや”の若い社員が、軽快にイベント開催の挨拶を述べると、出場者5チームの表情に僅かながら緊張の色が浮かんだ。

「早速ですが、簡単に参加者の紹介をさせて貰います。まずは、お菓子研究家の土肥さんチーム。彼女の創作お菓子は、レシピ紹介サイトでトップクラスの人気を誇っております。次にパティシエ養成学校から生徒代表に選ばれた、宮川と愉快な仲間達チーム。3人とも凄いイケメンですね。そしてカフェチェーン店経営者である渋いベテランの山川氏チーム。更に恐竜狩猟調理師見習いのセラミックチーム。最後にチーム世志乃……彼女は恐竜狩猟調理師専門学校の2年生だそうです。以上、5組の参加となっております」

 一般人の入場は許可していないそうである。披露宴にも使われる会場は、()()()()()とはしていたが、内外の新しい物好きを集めて一種、異様な熱気に包まれていた。地元の情報誌の取材陣も多数駆け付けているようだ。
 奈菜ちゃんがたまらず、セラミックの袖を引っ張った。

「やだ、お姉さん。いつの間にやら……結構、盛り上がってるじゃないですか!」

「まあ、ここで調理する訳でもないし、気楽にいこう。ほら、くじ引きで発表の順番を決めるみたいよ」

 幸か不幸か、セラミックチームは最後のプレゼンとなった。

「う~ん5チームのラストだと、甘い物に舌が飽きて、もう皆お腹一杯になっているかもしれないですね」

「そうね、余程インパクトのあるスイーツでないと……」

 まず栄えある1番手となったパティシエ養成学校、生徒代表の作品は『恐竜の卵タルト』だった。
 イケメンが自信ありげに紹介するタルトの表面には、ラテアートのように恐竜の姿がチョコで描かれている。
 注目の一発目だけに会場では発表の瞬間、歓声が湧き起こり、審査員の方々による試食の評価も上々であった。学生らしく爽やかな3名は、抱き合って肩を叩き、お互いを鼓舞し合ったのだ。
 笑顔は崩さないが、時折ジト目になる森岡世志乃とフランソワーズがコメントした。

「悪くはないけど、学生丸出しの荒削りなスイーツね」

「若いセンスと勢いだけで勝てると思ったら大間違いだよ」

 次に登場したのはクックックパッドで活躍するお菓子研究家、土肥女史の力作、『恐竜ベビーカステラ』である。

「銅板で型を作るのが大変でしたが、恐竜の卵をイメージした卵形にカステラを焼いてみました。子供達にも大人気です」

 主婦らしい発想のお菓子は、表面がこんがりと香ばしく焼き上がっており、何とも言えない甘い匂いを漂わせていた。
 セラミックと奈菜ちゃんは、少し小腹が空いてきたようだ。

「懐かしい! 子供の頃、夜店でよく買って食べてたやつだよ~、奈菜ちゃん。手でつまみながら食べられるし、イイよね」

「あのヒプシロフォドンの卵で作ったら、さぞかし美味しいだろうな。やや大きめのサイズだから十分満足しそう」

 続いて登場してきたのは意外なお菓子。ロマンスグレーのパティシエにしてショコラティエの山川氏入魂の一品。

「恐竜の卵で作ったバームクーヘンですが、中央にある穴には同じ恐竜の卵白から作ったメレンゲで満たしてみました」

 カフェチェーン店経営者が発表したお菓子に、コンテスト参加者は一様に首を傾げた。
 主催者まねやの主力商品はバームクーヘンで、このイベントは次期主力スイーツを探るためのコンテストでもあるからだ。
 
「…………?」

「…………何で」

 セラミックも森岡世志乃もベテランらしい綺麗な仕上がりのお菓子にはノーコメントだった。試食後の味に関しては各審査員に絶賛されていたようだが。

 
 


 コンテストも佳境に入るころ、真面目そうな司会者のテンションも、いよいよ最高潮に達したような口調となる。

「次のプレゼンターは、森岡世志乃さんとフランソワーズ山川さんの美女コンビです。それにしても2人共、とっても若くて綺麗ですね! さあ、私好みのチーム世志乃は、一体どのようなお菓子を味わわせてくれるのでしょうか!?」

 メガネの司会進行役が、『真打ち登場!』といった感じで彼女らを紹介すると、甘い匂いに満たされた会場は、大いに沸き立った。
 和風美人の世志乃と目鼻立ちのはっきりしたハーフ系のフランソワーズが、ピシッとしたパティシエール姿で颯爽と壇上に上がると、華やかな空気の中にも凜とした緊張感が走り抜けたのだ。

「いよいよね! フランソワーズ!」

「世志乃、私達の自信作で皆のハートを掴もうよ!」

 ハイセンスな皿に盛られた焼き菓子が給仕達により、各審査員の席に配られた。すると同時に会場のモニターに2人の作品が大写しとなる。
 まねや社長の弛んだ穏やかな目が普段の1.5倍ぐらいの大きさまで開かれると、隣のパティシエ協会代表の紳士が賞賛の笑顔を綻ばせた。

「……私達が考案したスイーツ、名付けてL'empreinte des dinosauresです。略して『ランプラント』でもいいかな? 名前の通り恐竜の足跡を象った、ひとくちサイズのお菓子なのです」

 真っ白な菓子皿の上には、交互にランプラントが足跡のように盛られている。見た目はやや大き目の、もみじ饅頭そっくりだ。つまり馴染み深い和洋折衷菓子でもある。

「これは可愛いらしいデザインのお菓子ですね。早速いただいてみましょう」

 まねやの白髪まじりの重役が、ワッフルのような生地にフォークを入れると、中からトロリと黄金色のクリームが溢れ出してきた。続いて、とても大衆向けのお菓子を食しているとは思えないほどの上品な振る舞いで、そのまま半分を口に頬張ったのだ。

「おほ! 中のクリームの濃厚で豊かな事! まるで甘~いマヨネーズのようだ」

 森岡世志乃の世話役でもあるαチームのリーダー、松野下佳宏も惜しみない賞賛のコメントを、大袈裟な仕草を交えて連発する。

「う~ん、実に美味しい。実に……実に美味しい。これは本当に美味しいよ。ビバ! チーム世志乃」

 無言で試食していた隣の松上晴人が、ついにマイクを取った。

「松野下君~。君は美味しいとしか言えないのか。それより出品者に質問がある」

「!……はい、何でしょうか?」

 突如、降って湧いた質問に森岡世志乃も思わず狼狽する。

「この足跡は、竜脚類のディプロドクス科のもので、明らかにヒプシロフォドンの足跡とは違うのでは? つまり材料の卵を提供する恐竜が、ちぐはぐだ」

「はい! すみません。勉強不足でした」

 終始、華やかで和やかな雰囲気だったコンテストが、一瞬にして学会会場のようになってしまった。
 頭を下げて紅潮する世志乃を目の当たりにすると、フランソワーズが、すかさず助け船を出した。

「お菓子を買って召し上がる一般の方々は、恐竜の足跡の違いなんて殆ど気にされません。それより試食した感想の方はいかがでしょうか?」

「……うん、洗練されているよね。香ばしいパンケーキのような皮も、クリーミーな中身も、恐竜の卵の風味が効いていて美味いと思う」

「ありがとうございます。それもこれも研ぎ澄まされた彼女のセンスのなせる技なのです」

 少し動揺して身じろぎもできなくなった森岡世志乃は、フランソワーズの的確なヘルプに心から感謝した。そして彼女らしく凜々しい笑顔を復活させると、己のプライドを懸けて最後までプレゼンをやり遂げたのだ。

 

 


「いよいよ恐竜の卵を使った創作お菓子コンテストも、最後の出品者を迎える事となりました。ラストを飾るのは……セラミックチームとなります。おお! チーム世志乃に勝るとも劣らない、可愛くて素敵なペアですね。おっと、私は決して贔屓している訳じゃないですよ。そんな冷めた目で見ないでくださいね、会場の皆さん」

 司会者のよく分からない進行と共に、大波のような拍手が湧き起こった。
 すぐ近くにいた森岡世志乃は、【最強?】ライバルの登場に不敵な微笑を浮かべつつも睨み付け、プレッシャーを与えんとする。

「――彼女が噂のセラミックですか。どんなスイーツで挑んでくるのでしょうね?」

 プレゼンを終え、すっかり緊張感から解き放たれたフランソワーズが、魅惑的なブラウンの瞳を世志乃に向けてくる。

「極秘情報によると、どのチームとも被っていない()()を出品してくるそうよ」

「ふ~ん。()()ね……。誰でも思い付きそうな()()をあえて出すとは意外」

「あんまり舐めて掛らない方が賢明よ。彼女のセンスはプロ並みで、実力は私が認めるほどだから」

 壇上には覚悟を決めて堂々とした白衣のセラミックと、愛想を振りまく奈菜ちゃんの姿が。司会者もメガネの奥でにやけて思わず見とれてしまう。

「紹介します。まずはセラミックチーム代表の瀬良美久さん!」

 セラミックは、取りあえず来場者に向かって笑顔で小さく手を振り、頭を下げた。

「そしてアシスタント役を務める岡田奈菜さんです。2人共まだ学生さんかな?」

 返事をした後だろうか、奈菜ちゃんはライトを鈍く反射させる丸い頭が目に留まった。会場の一番奥側だったが、間違いなく彼女の父親だ。コンテストには無関心を装っていたものの、彼なりに心配だったのだろう、わざわざ様子を見に駆け付けてくれたのだ。

「お父さん……」

 奈菜ちゃんは目尻を少し拭うと、セラミックに威勢のいい声で言った。

「お姉さん! パパがここまで見に来ています。今こそ私達のスイーツを世間に知らしめる時です!」

「はは! 奈菜ちゃん、気合いが入ってるなあ。そう言えば弟の公則も応援に来てるはずなのに、何だか影が薄いわね」

 厳かな雰囲気のBGMに乗って、2人のスイーツが各審査員の元へと配られる。
 あの松上晴人が、珍しく自分達の作品を食い入るように注視し、何やら色々思考を巡らせている様子が垣間見えた。

「よっしゃ! いっちょ、いきましょうか!」

 そう言うが早いか、奈菜ちゃんの手を引いたセラミックは、壇上のマイクに向かって元気よくアピールを開始した。

「私達が考えたスイーツは、ズバリそのまま『恐竜カスタードプリン』です。上からホイップクリーム層、トロふわプリン層、固焼きプリン層、そして最後は普通カラメル層なんですが……今回少し冒険して濃縮エスプレッソコーヒー層にて苦みを演出しております」

 ガラス容器に入ったプリンは、外側からはっきりと地層のように分かれているのが透けて見えている。そして表面には、恐竜の化石が埋まっているように見せるためのイラストシールが貼られていた。

「上の層から順に召し上がっていっても構いませんし、4層を混ぜて口にしても複雑な味を楽しめますよ」

 審査員の席からは早くも『美味しい』との声が、ちらほらと上がってくる。

「ほほう、これは見た目もカワイイし、味も申し分ないですね」

「大人にも子供にも受けるデザインで面白い」

「それにカスタードプリンとしての完成度も高く、甘くて舌がとろけそうです。アクセントのエスプレッソも効いてますよ」

 まねやの社長と恐竜牧場の管理者、パティシエ協会の会員からは軒並み好評だ。
 
 真剣な眼差しの松上晴人は、トロトロに溢れプリプリと弾力をも感じさせるプリンの奥深くにまで銀のスプーンを挿入すると、勢いよく抜き去り約0.5秒で舌の上に転がした。
 途端に拡がる恐竜の卵が織りなす濃厚なコクと、ミルク感のある優しい甘味、それにエスプレッソコーヒー由来の仄かな苦味。これらがもたらす()()()()の至福とも思える味蕾への神がかり的な刺激に彼が耐え切れず、周囲に気付かれない程度に仰け反ったのをセラミックは見逃さなかった。
 
 いよいよ出るのかコメントが……まさか~この一連のリアクションで予想するに、否定される事はあるまいて。いや、変人でひねくれ者と自他共に認める彼の事である。決して周囲には流されないのが……。
 



 然るにβチームのリーダーである松上晴人は、曲がりなりにもセラミックの世話役でもあるので、必ず応援してくれるはずである。だが同時に誰よりも自分に正直で、空気を読まない人であるのも事実だ。
 壇上の2人は、まるで合格発表のように手を取り合い、固唾を飲んで審査員席の彼を見守った。

「……う~ん、このプリン美味いね~」

「おおッ!」

 セラミックは変な声が出た。奈菜ちゃんも思わずグッと拳を握り締める。

「何を隠そう、私はプリンが大好物でしてね~。自宅の冷蔵庫にもプリンを常備しているほどなんです。もう3度の飯よりも好きなくらいで、なくなったら深夜のコンビニに買いに走る事もしばしば……。いや、お恥ずかしい。今日このような場で、自分の趣味趣向をカミングアウトする事になろうとは……」

「姉ちゃん、やったぜ!」

 静まり返った取材陣の向こうから弟の公則が遠慮なく声を上げると、2人に対し――特段、奈菜ちゃんによく見えるように両手を振った。
 壇上近くの森岡世志乃は、様々な感情がない交ぜとなり崩れかけたが、衆人環視の中では己を噴出させる事も適わず、わなわなと焦点を失った目で隣のフランソワーズにもたれ掛かる。

「そ、そんな馬鹿な……。は、晴人様……」

「世志乃! まだ負けと決まった訳じゃないよ。総合評価では私達が上回っているはず。結果発表までしっかりしなよ」

 フランソワーズが尻を叩いても、世志乃はしゃんとしなかった。彼女の目には、お代りのプリンを要求する松上晴人の照れ臭そうな笑顔が目に入ったからだ。
 奈菜ちゃんは来場者の小さな拍手の中、誰にも気付かれないよう静かに退席する父親の姿を確認した。――肝心の結果発表は見ないらしい。いや、もう彼には分かっていたのかもしれない。


 これで全ての出品者のプレゼンが滞りなく終了した事となる。
 悩ましい待ち時間が……ちょうど火に掛けた鍋に浮かんだ生卵が、半熟に茹で上がるのに必要なほどの時間だろうか……会場に集まっていた全ての人々に共有された。

「え~、皆さんお待たせを致しました。いよいよ第1回・恐竜の卵を使った創作お菓子コンテストの結果が発表される瞬間がやって参りました。正直、私もここまでハイレベルな品評会になるとは事前に予想もしておりませんでしたが。ハイ、無駄口はこのくらいにして……。ああ、ついに結果を記した用紙が私の手元に運ばれて参りましたよ。さあて、さて……おお、――栄えある第1回目のコンテストの結果が、もう私には分かってしまいました。え? いい加減に焦らすのは止めろと? すみません! では会場の熱が冷めないうちにですね……」

 地方のマイナーなコンテストとは思えないほどの盛り上がりを見せた会場には、今か今かと手に汗握る出品者の5チームが前のめりとなり、観衆が耳をそばだてる。
 恐竜の卵タルトを出品したイケメン3人組の宮川と愉快な仲間達チームは、すでに自分達が優勝したように肩を組んでガッツポーズを出しかけている。
 恐竜ベビーカステラをプレゼンした主婦でお菓子研究家の土肥さんは、ほうれい線をくっきり出して笑顔のまま佇んでいる。
 恐竜バームクーヘンを編み出したカフェチェーン店経営者にしてスイーツ専門家の山川氏は、自慢の口髭をさすって自信満々だ。
 ランプラントを創作したチーム世志乃の美女ペア・森岡世志乃とフランソワーズは、美しいポーズを決めて最後まで自分達をアピールしている。
 そして恐竜プリンをひねり出したセラミックチームのキュートな2人組・瀬良美久と岡田奈菜は、祈るように両手を組んで心臓の高鳴りを抑えていた。

「発表します! 第1回・恐竜の卵を使った創作お菓子コンテストの優勝は……!」




「優勝は……! エントリーナンバー3番の恐竜バームクーヘンに決定しました! カフェチェーン店経営者であり、ベテラン級パティシエにしてショコラティエの山川邦之さん、本当におめでとうございます!」

「はぁ!?」

 森岡世志乃は、音速で鼓膜にまで到達した意外な結果を脳が認識した直後、思わず失望とも驚嘆ともつかない悲しすぎる声を上げた。
 そして同時に出品者全員を支えるステージが大音響で崩壊し、1メートル床下に沈んで尻餅をついたかと思うと、天井から大量の木材やらタライが次々と降ってきて音を立てて転がった……ような錯覚をセラミックは抱いたのだ。

 恰幅のよい山川氏が満面の笑みを浮かべて登壇し、まねや社長に向かって白髪混じりの頭を下げる。宮川と愉快な仲間達チームのイケメン3人組は、残念そうな土肥さんと一緒になって勝者に拍手を捧げ始めた。

「優勝の山川さん、コンテストに出品された『恐竜バームクーヘン』の受賞、誠におめでとうございます。今回我々審査員は、とても悩みました。出品された5種の創作お菓子は、どれも非常に完成度が高く、なおかつ美味で甲乙付けがたく、とても1つに絞る事ができなかったからです。それでも最後には、僭越ながらこの私、まねや代表の一声で優勝作品が選ばれました」

 パティシエ姿の山川氏は、首肯するように白帽を小刻みに揺らしながら、続く社長の言葉を待った。

「沢山ある出品作の中で、明日にでもお店のショーケースに並べられるのは『恐竜バームクーヘン』だけだったのです。他の出品者のアイデアと創意工夫に満ちたスイーツは確かに素晴らしかった。でも生産コストや、新商品としての受け入れやすさ、それに菓子職人の手間ひまの面を考慮した作品は少なかった。その点で既存の設備をそのまま利用できる『恐竜バームクーヘン』は、色々な意味で美味しくて私には魅力的に思われたのです」

 松上晴人と松野下佳宏は、静かに受賞の言葉を聞いている。他の審査員も、社長の後ろ姿を無感情な面持ちで見続けているだけであった。

「そうか……」

 セラミックが、溜め息混じりの小さな声を漏らすと、心配そうな隣の奈菜ちゃんに手を握られたのだ。

「お姉さん。ちょっと残念な結果になっちゃいましたけど……チーム世志乃との対決は、引き分けといった感じですかね?」

「そうね、勝負が付かなかったから、今まで通りβチームに居続ける事はできると思うんだけど。う~ん……実際は、どうなるのかな?」


 皆から少し離れた場所にいた森岡世志乃は、耳を疑うようなフランソワーズの台詞が確かに聞こえた。

「お父さん、優勝してよかったね……」

「えぇっ!? 私には今、お父さんって聞こえたのですが……ひょっとして……」

「あら、言ってなかったっけ? 実はパティシエの山川邦之って私の父親なのよ。でも安心して! 神に誓ってスパイの真似事なんか一切してないから。世志乃に関する事や、もちろん他の情報もだけど、一言たりともお父さんには流してないよ」

「つまりズルなしの正々堂々とした勝負だった、と言いたい訳ですか……それにしても、何だかなぁ~」

「私も自分の父親が出場すると聞いてビックリしたけどね。今更だけど、世志乃にはお父さんの情報を、こっそりと教えてあげればよかったかな」

「いいえ、結果は変わらなかったと思いますわ。フランソワーズ・山川さん」

 森岡世志乃は完膚なきまでに叩きのめされたように、頭を抱えて天井を仰いだ。観客からは、よほど優勝を逃した事が悔しかったのだろうと思われたに違いない。





 イベント終了時、チーム世志乃は審査員をしていたリーダー達に呼び止められた。松野下佳宏は『よく頑張ったね』という意思を伝えたいのか、世志乃の肩をポンと叩いた。その後、嬉々として言い放つ。

「聞いて驚くなよ。恐竜プリンと、君が考えたお菓子の総合評価は、全くの同点だったんだぜ!」

「そうだったのですか……」

 それでも世志乃は浮かない表情のままだ。

「何て顔してんだい。ちなみに松上君は、プリンより君の作品に高得点を入れてたよ」

「…………!」

 彼女が顔を上げたころ、松上晴人はβチームのリーダーとしてばつが悪いのか、会場から足早に逃げ出してしまっていた。

「松上さんたら……」

 森岡世志乃とフランソワーズ・山川は、出口へと向かう彼の後ろ姿をいつまでも見送った。



 一方、弟と合流したセラミックチームは、どこからともなく登場したスーツ姿の中山健一と一緒にいた。

「なかなかいい勝負だったわね、セラミックちゃん」

「えへへ、そうですか?」

「実はね~。松上リーダーから、ある言付けを頼まれたのよ」

「あのプリンでしたら、いくつか余りがありますが」

「違う違う。年末だけど、久しぶりにジュラアナ長野にダイブ予定なの。βチームの恐竜ハンティングをお手伝いする仕事……あなたにお願いできるかな?」

「……もちろん、OKですとも!」

 セラミックは岡田奈菜ちゃんと抱き合い、まるで優勝したかのようにクルクル回って喜びを分かち合ったのだ。すると、状況がよく分かっていない宮川と愉快な仲間達チームや土肥さん、それに審査員の方々まで釣られたように祝福を始めた。
 周囲からの注目に苦笑いする中山健一は、取り残された弟の公則が何だか不憫に思えてきた。

「ところで、そちらの彼はセラミックの弟さんかな? 優しそうで、なかなかカワイイわね」

 この時、何か良からぬ物を感じた公則は、性別不明な中山健一の言葉にたじろぎ、姉と奈菜ちゃんの背後に隠れようとした事は秘密にしておこう。






 年の瀬が近付き、セラミックが住む街にもクリスマスに向けた飾り付けが目立つようになってきた。寒さを堪え忍ぶよう、両手に息を吹きかけた制服姿のセラミックは、午後の駅前ロータリーで恐竜ハンターチームが乗るライトバンを待っている。

「お~い! セラミック! こっち、こっち~」

 白い大型車の助手席から吉田真美さんが手を振っていた。運転手は中山健一で、眠気覚ましのコーヒーを飲みながら笑顔を見せている。こちらからは見えないが、後席には松上リーダーが乗っているのだろう。

「もうすぐジュラアナ長野行きだから、食料や装備とか色々な買い物に付き合って貰うわよ」

「はい。いつもありがとうございます、真美さん」

「こちらこそ。さあ~出発するわよ」

「あ、ちょっと買い物の前に寄って貰いたい場所があるのですが」

 運転席の男が、コーヒーカップを送風口のホルダーに置いた。

「何よ~セラミックちゃん。恐竜ハンター稼業は忙しいのよ」

 ドライバーの健一君は、めんどくさそうにぼやいたが、真美さんに一喝された。

「まあいいじゃない。あんただって遅刻してきた事を忘れたの? さあ、セラミック! さっさと後ろに乗って頂戴」

 後席にはやはり、仏頂面の松上晴人が乗っていた。車内ではあるが、街中で堂々とナイフの手入れと銃磨きを行っていた。

「こんな所を警察官に見られたら、絶対に銀行強盗か何かと勘違いされて逮捕されちゃいますよ」

「挨拶もそこそこに……ホントに五月蠅いよ、セラミックは。全く……」


 セラミックが寄り道して欲しかった場所は、他でもなくケーキ屋“zizi”だった。岡田奈菜ちゃんによると、クリスマスに向けた商戦の一環で、あの『恐竜カスタードプリン』を新作スイーツとして完全再現販売するそうなのだ。しかも職人の知識と経験を活かして、値段も庶民的なままで。

「松上リーダー、プリンですよプリン。私が考案した『恐竜カスタードプリン』が、クリスマスシーズンにどれだけ売れるのか、本当に今から楽しみだな」

「限定プリンか、プリンパーティでも開催するか」

「ダメですよ。恐竜プリンは、子供達を喜ばせるために考えたんだから。大人の買い占めは禁止です」

 前席の真美さんと健一君にクスクスと笑われた。

「あら! 松上研究員、残念だったわね。リーダーは自宅で1人、プリンで満たした風呂にでも入ってればいいんだよ」

「うえ……想像しただけでも気持ち悪い。お肌にいいんなら私も入るけど、糖尿病になってしまいそう」

「入るんかい~!」

「お前ら、いい加減にしてくれ」

「あははは……」

 ディフォルメされたアロサウルスのマークが入ったβチームの白いライトバンは、笑い声に満たされたようだ。そして駅前ロータリーからケーキ屋“zizi”に向けて、静かにハンドルを切って進み始めた。

 遙かな遠方に見える比叡山の頂。そこには白い雪の帽子が、まるで粉砂糖を振りかけたように、澄んだ大気の中に浮かんで見えていた。
 寒い季節でもセラミックの頭の中は、うだるような暑さのジュラ紀の世界で一杯となっていたと思う。



 【終わり】

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