恐竜牧場訪問から3日後の定休日。セラミックと弟の公則、そして岡田奈菜ちゃんは、ケーキ屋“zizi”の厨房に集合していた。ステンレスと大理石でできた作業台の前で、白衣姿のセラミックは奈菜ちゃんに訊いてみる。

「あれから店長……奈菜ちゃんのお父さんに変化があったそうじゃない」

「そうなんです。パパはついにカツラを卒業してスキンヘッドになりました。長年愛用していたカツラの残骸をどうするかと思ってたんですが、裏庭にお墓を作って埋めました。それも大好きだったジャンガリアンハムスター“チュー太郎”の墓の隣にです」

 奈菜ちゃんとお揃いの白衣を着た公則が付け加えた。

「お父さんにとって、かなりショッキングな出来事だったらしいね。何気に付けた店名の“zizi”がフランス語で〇〇〇の意味と分かった時以来の衝撃だったそうだよ」

「公則! アンタは黙ってなさい」

「でもパパは立ち直りました。お姉さんから頂いた恐竜の卵を使って早速、ショートケーキのジュラシック風味を限定で出して手応えを感じたそうです」

「そう、さすがは店長。恐竜の卵はまだ地産地消で手に入りにくいから、恐竜ケーキを食べた人は殆どいないはずよ。そのうち日本全国から問い合わせが来るかもね。いや、お菓子先進国のヨーロッパ諸国を始め、世界中から注目を浴びるかも」

「それはスゴイ! 何だかワクワクするね!」

「私もケーキ職人から基本を大事にする姿勢を学んで、大いに感銘を受けたわ。今回、大切な厨房をお借りすることもできたし……奈菜ちゃん、感謝してるわよ」

「いえいえ……!」

 奈菜ちゃんはセラミックに満面の笑みを投げかけた。やっぱり塞ぎ込んだ顔よりニッコリ顔が似合う、いい娘だな。

「よし、今からヒプシロフォドンの卵を使った恐竜プリンを作るから、奈菜ちゃんも手伝って」

「プリンですか? ウチのも美味しいですけど、お姉さんが今から、どんなプリンを作るのか楽しみです」

「店長に倣ってシンプルなプリンを作ろうかと思ったけど、それではコンテストに勝てないと踏んだので、ちょっと一捻り……」

 セラミックはボウルに恐竜の卵を割り入れて砂糖を加えると、泡立て器でほぐした。もう一つのボウルは恐竜の卵黄だけを使い、砂糖に生クリームも加えた。それぞれにバニラビーンズを入れて暖めた牛乳を静かに注ぎ、よく混ぜた後、丁寧に数回漉し器で漉して2種類のプリン液を作ったのだ。

「奈菜ちゃんは固めのプリンが好き? それともトロトロなめらかプリン派?」

「え~? 私はパパが作る、昔ながらの固めの焼きプリンが好きかなぁ」

「俺はトロふわで、なめらかなコンビニのプリン派!」

「……そこで今回は、上からホイップクリーム・なめらかプリン・固めプリン・カラメルと4層構造になったプリンを作ろうと思います」

「なるほど、姉ちゃんは1つで色んな食感と味が楽しめるプリンのアイデアを思い付いたのか」

「それもあるけど、ガラス容器から透けて見える層構造にして、恐竜が埋まっている地層を象徴してみたのよ」

「ちょっと分かりにくいけど、表現として面白いかな? 分かる人には分かるよ、お姉さん!」

「ちなみにホイップクリームは、白亜紀の終わりを示すK-Pg境界に見立てて、恐竜絶滅を表しているのよ!」

「……?……?」

 セラミックは、ぺろっと舌を出してウインクすると、カラメルソースを敷いた耐熱ガラス容器に1つ目のプリン液を流し入れ、表面の泡を取った。そしてアルミホイルを被せると、予熱を終えたオーブンに入れて湯煎焼きにするのだ。

「固めのプリンが焼き上がったら、今度は2つ目のプリン液を上から注いで、なめらかプリン層も作るのね」

「そう、2度火入れする手間と温度管理が難しいと思うけど、できるまで試行錯誤してみるわ」

 何度かの失敗を繰り返した後、ようやく恐竜プリンは試作品の完成に漕ぎ着けた。全ての失敗作は弟の公則が責任を持って平らげ、彼の虫歯を少々悪化させたのだ。