中山健一と分かれた後、セラミックは色々と考え事をしつつ、とぼとぼ歩きながら帰宅の途に付いた。

「はあ~……。恐竜の卵を使ったお菓子か……。どんなのがいいのかな? 知り合いにパティシエなんていたっけ? そういや卵料理といえば、前回のダイブ中にデビルドエッグを即興で作ったな。――あれは松上さんにウケがよかったけど、あんな感じでシンプルなのが意外と好評だったりして」

 部活動の帰りなのだろうか、お揃いのジャージを着た中学生の男女4人組が、セラミックの目の前を楽しそうに会話しながら通り過ぎた。

「それより森岡世志乃さんの話は本当なのかなぁ……。松上さんは、頼りない私より世志乃さんがメンバーに相応しいと思っているのかしら。気合いを入れないと、まだ見習いの私は席がなくなっちゃう可能性大……」

 いつの間にか吸い寄せられるように、馴染みのケーキ屋さんの前まで来た。
 お世辞にもお洒落で今風とは言い難い、昭和の雰囲気を残したケーキ屋さんはセラミックが幼少の頃から親しんでいる一軒だ。弟の同級生の親が経営している事もあり、セラミックの心の拠り所だ。

「あ……姉ちゃん!」

 なぜか噂の弟が、バレーボール部のバッグを背負って店の中からひょっこり出てきた。

「あれ? 公則!? こんなとこで何してんの?」

「姉ちゃん、いや……色々あってな……」

 ケーキ屋“zizi”の奥にある自宅の玄関から、可愛い黒目がちの女の子が姿を現した。セラミックと同じセミロングの黒髪にゆったりとしたプリントTシャツ、白いデニムパンツの中学生は、彼女がよく知る人物。
 セラミックの弟が現在、絶賛お付き合い中の彼女である岡田奈菜ちゃんだ。
 ふと気になったが、奈菜ちゃんは心なしか元気がない。最初に挨拶してきた時には花を咲かせたような笑顔だったが、徐々に俯き加減で何か思い詰めたような表情に変わってきた。その様子は、一輪挿しがしおれてゆくようで見てられない。

「一体どうしたの? 奈菜ちゃん」

 心配したセラミックが思わず声を掛けた頃、とうとう彼女は我慢できずに涙を流し始めた。弟の公則はオロオロするばかりで、男として実に情けない。

「公則君のお姉さん、……お姉さんには言っちゃうけど実は、お店がうまくいってないんです」

 聞くところによると、奈菜ちゃんのご両親が営むケーキ屋さんの売り上げが、年々右肩下がりになっており、経営がかなり苦しくなってきているとの事。 
 若いセンスが求められるスイーツ業界で、旧い商店街に昔から当たり前のように存在するケーキ屋は目新しい物もなく、若い女性客が目移りしてゆくのを止められない。

「昭和丸出しの私のお父さんは、一流のケーキ職人なんですけど、ショートケーキにせよチーズケーキにせよ昔ながらの良さを売りにしてばかりで、面白みがないんです!」

 ――頑固職人の親父さんは、年とってからできた娘の奈菜ちゃんの事を溺愛していたが、殊に自分の仕事、ケーキ作りに関してはプライドを持っており、娘の意見を聞いて流行りを追うような事はしなかったようだ……。おかげでケーキ屋“zizi”は中途半端な老舗扱いとなり、口の悪い子供達からはケーキ屋“じじい”と呼ばれている始末である。

「このままでは将来的に店が潰れちゃうかもしれません! そしたら、そしたら……自分が目指す高校進学も諦めなくちゃならないかもしれない。公則君と一緒の高校へ行きたかったのに……どうしよう!」

 とうとう奈菜ちゃんは、公則の前で遠慮なく泣き出してしまった。坊主頭の弟は周囲の目を気にしながら、困ったような顔で姉に助け船を求めてくる。
 セラミックは腕組みして暫く考えていたが、目を開いて2人にニッコリ微笑んだ。

「よし! お姉さんに任しときな! 私は恐竜ハンター……見習い。つまり最新食材の恐竜の卵を使って、誰も食べた事ないようなお菓子を作ったげる!」